2014年12月06日

ストーリーテラーの条件

中盤の厚みの話あたりから、桃太郎批評を通じて見えてきたもの。

素人は、二つの要素を繋げてストーリーにすることが出来るが、
三つ目に来るとガクンと詰まらなくなり挫折する。
一方、ストーリーテラーは、三つ(四つ以上)を繋げて一本の因果関係、
というストーリーをつくることが出来る。
(2時間の映画では、数十個から百ぐらいを繋げて一本にするとよい)


この場合、ひとつとは、ターニングポイントに挟まれた単位である。
ある話題Aを話すことは、誰にでも出来る。
あるターニングポイントがあり、
話題や流れがBにうつる。

素人が出来るのはここまでで、
ストーリーテラーは、更にターニングポイントを作り出し、
Cへ話をうつしても、まだ面白い話を続けることが出来る。

素人が作れる話は、Aが振りでBが落ちになるものだ。
ストーリーテラーの作る話は、
Aが振りで、Bが展開、Cが落ちになるものであり、
展開部は、更にいくつもの段階に分けることが自在に出来る。

それを応用し、ACもいくつもの段階に分けることが出来る。
こうして映画は数十個から百のターニングポイント構造を得る。


ストーリーテリングの基本は、
だから、二つの要素を繋げて語ることではなく、
三段階で語ることである。
三つの話題や流れをターニングポイントで繋ぎ、
なおかつそれらが、はじまり、展開、落ちになることだ。


はじまり、展開までは、比較的誰にでもつくれる。
大抵上手い落ちがつくれず、話が行方不明になる。
(プロでも沢山ある。エヴァはその典型だ。
マルホランドドライブ、ゾディアック、殺人の追憶などの、
未解決落ちは、明らかにこれである)

はじまり、落ちの二段で完結する話も、
比較的誰にでもつくれる。

これは日常会話でもよく使われる。
自分の体験談や、仕事のレポートなどで。
前提を話し、結論で落とす。
これは面白い話というより、論文的である。
(面白い話と論文の違いについては、最近書いた)
構造がはっきりした論理で話せる。
しかしこれは、第三者への感情移入を伴う、劇の構造ではない。


今一度言う。
二つで終わるのは、面白い話ではない。
面白い話とは、三つ以上の構造があるのだ。


素人とストーリーテラーの能力を分けるのは、
ここの部分ではないかと思った。

素人の作る話は、展開がない。
前振りが終わったらすぐに解決してしまう。
素人の作る話は、論文だ。
結論を先に言い、状況を示したら、結論に至る。
素人の作る話は、落ちがない。
前振り、展開でおしまいだ。

一方、ストーリーテラーの作る話は、
はじまりがあり、展開があり、落ちがある。
三つ以上の話題が、一本の因果関係という線になる。
それぞれのブロックの間には、
明確で劇的なターニングポイントがある。

勿論、それらをスムーズに繋げるために、
伏線を引いて繋げることや、対比や反復を使うこともあるだろう。



三題噺は、この「三つの構造」をトレーニングするのに、
最適ではないかと感じる。
落語の三題噺は、笑いや粋や言葉遊びに落ちなければいけないだろうが、
我々ストーリーテラーの為の三題噺は、
三つの要素(なるべくバラバラの三つの言葉がよい)を含みさえすればよい、
という条件で、「面白い話」を書くことだ。
(この場合の面白いは、爆笑とは限らず、感心や号泣や知的刺激や恐怖などの、
物語がもたらす感情全てを含む)
プロットでもいいし、会話劇でもいい。

三つ以上の構造を持つ話を、ペラ一枚ぐらいでつくろう。
僕は会社に入って最初の何していいか分からない暇なとき、
50の三題噺を書いた。今思えば100までやっとくべきだった。

5分シナリオでもいいし、二時間に相当するプロットでも構わない。
話として面白ければなんでもいい。

三つが無意識に出来ていれば、あなたはストーリーテラーの才能がある。
出来てない人は、意識的にトレーニングするといい。
発端→ターニングポイント→展開→ターニングポイント→落ち
をだ。
posted by おおおかとしひこ at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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