2014年12月24日

5分シナリオの研究3: 三幕構造

三幕構造を見ていこう。
きっちりと三幕が分かれていて、
それぞれの機能が分かりやすい。


一幕:パトカーが見つけ、発進まで
二幕:チェイス、病院へ
三幕:病院内での二人の直接対決


二幕から見ていこう。

このお話のコンセプトはチェイスシーンだ。
コンセプトとは、この話の面白さに関わるパートのことだ。
特にテーマと絡む必要はなく、
話を見たことのない人が、
一言でこれを見て面白そう、と思える引きの強い部分であり、
予告編で使われる部分であり、
お楽しみポイントでもある。

そもそもチェイスやりてえ、という僕の中二的な願望がもとだが、
チェイスは原始的な楽しみのひとつである。
おっかけっこそのものはいつ見ても面白いものだ。

お話のタイトルは、テーマに関するもの、
またはコンセプトに関するものがよい。
テーマに関するものの場合、テーマそのものへの引きがあったり、
見終えたあとあのテーマの話は良かったとなるものがよい。

コンセプトに関するものの場合、
そのコンセプトが引きがあったり、お話のネタバレしないイコン
(ワンビジュアルで象徴したもの)として記憶されやすい。

これは「BE BAD」という共通テーマのコンクールだから、
テーマに関するタイトルはあまり意味がないので、
コンセプトに関するタイトルをつけるのが、
他作品と混同されず、目立つ。
それが作品全体を代表し、キャラが立つものがよい。
そしてそれは、「深夜のチェイス」と、二幕全体のことを言っている。

世界的コンクールだから、英訳前提のタイトルだ。
日本語のかっこよさよりも、キャラが立つように命名している。
ネタかぶりしないなら、一発で覚えられる。
(タクシーvs警官、とかでもいいんだけどね)

二幕から三幕の区切り、すなわち第二ターニングポイントは、
病院への到着だ。
タクシーの運転手の動機、無事妊婦を届け出産を成功させることは実現するのか?
というそもそもの焦点と、
我々の焦点、タクシー運転手は警官に捕まるのか?
(善意で走ったのに)というセンタークエスチョンのふたつが、
それまでの単純なチェイスという焦点から、
病院へ到着するというターニングポイントでうつる。

明確な凄いターニングポイントではなく、
ラストステージと明らかに分かることで、
観客はクライマックスを予期する。
センタークエスチョンを再び思い出すのだ。
赤ちゃんは無事生まれるのか?
運転手は捕まってしまうのか?と。
長い映画ならここを劇的にして、
台詞として言わせるパターンもあるが、
5分では、意識させる程度のさじ加減が良いだろう。



次の三幕。

第二ターニングポイントで意識に上った、
二つのことの決着がつく。
まず赤ちゃんは無事に生まれる。
これはテーマそのものではないのでアッサリと終わらせている。
(赤ちゃんの撮影は手間隙がかかるので、
ここは本題ではないとして、声だけで見せるというベテランテクニック)

問題は警官だ。

多くのクライマックスでは、
直接対決がキーになる。
一番緊張するからだ。
物理的な取っ組み合いから会話劇まで、
直接絡み合うことがクライマックスになる。
この作例でも、これまで車越しでしか会話していなかった二人が、
直接姿を現して面と向き合う。

しゃれているのは、会話にせず、
無言のアクションにしたところだ。
アクションというのは、何も殴りあいだけではなく、
台詞以外の動作全てをさす。
行動と訳してもいい。
映画は小説ではないので、
絵で見て強いものがよい。
台詞よりも、無言の行動のほうがグッと来るメディアである。

警官が「見なかったことにするぜ」とか、
「最近のタクシーは助産婦もするんだな」とか、
「本官が見たのはスピード違反ではなく、正義の味方であります」とか、
気障な台詞を吐いて決めるより、
無言でニヤリと笑って違反切符を破り捨てるほうが、
グッと来るものである。

絵が浮かぶではないか。
きっと粋な音楽がかかるのだ。
破り捨てた切符はスローになるかも知れない。

映画は時間軸を持つ、音楽でもある。
粋な瞬間とは、台詞がなく音楽で語れる瞬間だ。
ただ突っ立ってるのでは音楽の効果はない。
粋な無言劇、即ち行動だからこそ、
音楽が効果的になるのである。

最後の行動がテーマを示すことは、
前に書いた。
つまり、テーマが無言で粋に示されておしまいになる。

このキレの良さこそが最も出来の良い部分であり、
物事が解決し、全てが氷解する瞬間であり、
最も描きたい瞬間であるべきである。



最後に一幕に話を戻してみる。

一幕は、この二幕三幕を設定する為のパートである。
出来るだけ、最も短く設定することだ。
この話の設定の、最小限は何かを考えるのだ。

タクシーとパトカーのチェイスであること、
タクシーは生まれそうな妊婦を運んでいること、
の二つである。
逆に、それ以外は削ぎ落としても大丈夫だろう。

運転手の余計なキャラ、警官のキャラは余計だと判断した。
何故なら、この話のテーマは無私の正義だからだ。
キャラをつけて話を盛っていく手もあるが、
そのキャラの良さや感情移入で見せるのか、
チェイスで見せるのか。

短編という性格を考え、一点突破戦略を選んだほうが強いと考えた。
つまりキャラづけよりコンセプトで突破する。
無私の親切というテーマありきだ。

色々なリアクションや、この事件に巻き込まれる前の個人的事情を描いたりして、
感情移入に持っていくパターンもあり得る。
(例えばタクシーは忘年会シーズンであり、
酔っ払いに吐かれて掃除を終えたところで、
今夜はもう客を乗せたくないと思っているなど)

しかしその場合、5分という時間制限から、
どこかを削らなくてはならない。
三幕は削れないし、キャラを付けるならそのキャラなりのラストになるから、
もう少し伸びる。
とすると二幕を減らさなければならない。

そこは、尺のバランスで考える。
当初ハリウッドスタイルの、1:2:1で考えていた。
面白シーンになる、チェイスシーンをたっぷり描くことで、
エンターテイメントしようと思っていたからだ。
実際の原稿は1:1:1という短編の理想的バランスに近づいている。

ここでやはりラストを考える。
一幕は三幕とペアだ。
ラストが最もキレあるためには、
二人にキャラがあったほうがいいかどうか。
(所詮5分だから、2バージョン書いても構わない。
が、これは書かずに上がりを想像する訓練だ)
両方癖があるのか、普通と癖があるのかの組み合わせだ。
警官は癖がないほうがいい。
誰の心のなかにもあることを表現するべきだからだ。
従ってタクシー運転手にキャラづけするかどうかだ。

余計なノイズになりそうだ。
(シンプルさが強い。しかしシンプルさに勝てるキャラづけが出来れば
それを採用しても構わない。シンプルさに勝てない敗北宣言でもある)
結局、イメージの中でも、
無私の正義をキャラづけなしでやったほうが、
シンプルで強いと感じた。
イメージする力は重要だ。
二本書く労力を、ここで一本に注力出来ることになった。


あとは何を具体的にセットアップするかだ。
妊婦はタクシーを手をあげて止めるのか?
何故救急車を呼ばないのか?
「救急車を呼んでください」というのが自然な頼み方だろう。
タクシーを手をあげて止めて救急車を、では不自然だから、
止まって休憩中がいい。
タクシーの中で休んでるのは声をかけにくいから、
外でタバコかコーヒーで休憩してるのがよい。
という逆算で、ようやく冒頭のシーンを書き始めるのである。

走り出せば、次はそれを警官が気づく。
余計な会話はしない。
たった2シーンで、チェイスのためのセットアップが出来上がるのである。

第一ターニングポイントは、警官の発進だ。
同じく無言の行動である。
センタークエスチョン、妊婦は間に合うのか、と、
警官に捕まるのか、を暗示する。
さあお楽しみの幕開けだ。


二幕について、もう少し深く見ておこう。
次回に続く。
posted by おおおかとしひこ at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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