2015年01月17日

紙芝居

映画の作劇をやりたければ、
紙芝居がいいトレーニングになる、という話。


流しの紙芝居の世代では、僕はない。
公園に来て水飴を売っては、なにやら面白い話を演じていくおじさんを、
僕はリアルで見たことはない。
今60代以上とかはあるかも知れない。
僕がリアルで見たことのあるものは、
児童むけ劇団のどさ回りとしての、
小学校や幼稚園や公民館に来たものだと思う。

従って、紙芝居とはなんぞやについて、あまり語れるものがないのだが、
その形式が、実は映画の作劇にとても近いのではないかと思ったのだ。


紙芝居は、たとえば10枚の絵で、
ストーリーを表現しなければいけない。

1枚の絵がずっとあっても退屈するし、
いい場面ではパッパッと絵が変わると興奮するだろう。
つまり、1枚の絵の寿命がある。
逆に言えば、語りに対して、何文字かおきに、
絵を作らなければならない。
つまり、テンポがある。

その絵は、場面を代表する絵、すなわちイコンである必要がある。

全部のシーンを絵で描けないから、
絵にないシーンは、語りで誤魔化す必要がある。
語り手のおじさんは、そこで物真似をして進行するだろう。
あるいは、アクションシーン、たとえばチャンバラでは、
大きな身振りで音もついて楽しませてくれるだろう。
それらで止まった絵を補完してくれるはずだ。


絵とお芝居で物語を語ること。
これはほぼ映画と同じ構造だ。


さあ、絵を描こう。
下手でもいい。構図を描くことが大事だ。
場面を代表する最も的確な絵を描こう。
それがどんな場面か分かり、しかも記憶に残るものをだ。
下手でもいい。構図を描くことが大事だ。
(構図さえ出来ていれば、あとはうまい人が描いてくれる)

さあ、語り部分の原稿を書こう。
ただの小説ではなく、
絵と連動しなければならない。
ナレーション(地の文)と台詞の配分に気をつけよう。

さあ、語ろう。
観客がいることが大事だ。
面白ければ夢中になってくれるし、
詰まらなければよそ見するだろう。
笑えれば爆笑をとれるし、夢中なら集中して無言になる。
観客の反応が予想と違うなら、
アドリブを加えよう。
面白いところは引き延ばし、詰まらないところははしょろう。
(慣れた人なら、観客の様子見をするためのスターター、
すなわち枕を用意するだろう)


たとえば脚本仲間でこれらをやってみるのも面白いかも知れない。
発表を強制的にすることで、最低でも一本の経験を積める。
ショートフィルムをつくるよりも、
手軽で、予算に縛られない方法論だと思う。
ついでにつべにでもアップすれば、
思わぬ批評を受けるかも知れない。
シリーズで10本や12本あれば、
それはそれだけで1クールの何かに発展するかもよ。


絵コンテは、要するにこれらを、
もっと細かくしたものだ。
脚本家としてはそこまで必要ないが、
監督を目指すなら、そこまで踏み込んでも面白いだろう。
posted by おおおかとしひこ at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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