2015年01月20日

適切な脚本の分数

というのは、あるのだろうか。
僕はあると思う。


15分単位、というのが僕の仮説だ。

15、30、45、60、90、120分は、
それぞれ最も良く見る尺である。
(昔はカセットテープもビデオテープもこうだったね)

短いものはどうだろう。
10分、5分、3分、2分、1分半、1分などだ。
短編に関しては、三幕構成理論が破綻する。
だから、自由にやってよし。

これ以上の尺については、三幕構成がないと、見てられない。
三幕のバランスが悪いもの、
そもそも三幕構成になっていないものは、
「絶対に」面白くないと断言する。

仮にすごい話だとしても、見てるのがキツイ、
心地よく見れないと思う。


そして、ここからは僕の仮説だが、
人間の集中力は15分(これは事実)だから、
15分をブロックに考えると良い、という説だ。
これは経験的事実ととても合っていると思う。
(実際の脚本では15Pになっていなくても、
編集マンが繋いだ結果15分になっているという例もある)

だから13分とか、10分とか、6分とかは、
多分気持ち悪いかんじになると思う。
例外は7分半で、それは15分の半分だからではないかと僕は思う。

いずれにせよ、三幕構造は、15分以上の尺に関する理論のような気がする。


短編は、好きな構造で、好きなように書くと良い。
それが短編の醍醐味でもある。
(小説の短編だって、俳句だっておなじだ)

それが15分以上になったとき、脚本理論の出番だと思う。


もし短編に三幕を活かすなら、
序破急の1:1:1か2:2:1がいいのでは、と僕は予言するにとどめておく。
posted by おおおかとしひこ at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック