2015年02月18日

クリエイティブとはどういうことか

僕は、ルーチンでないこと、だと思う。


何故ベタが嫌われるのか。
ルーチンだからだ。
ありふれていて、またこのパターンか、というのが嫌なのだ。
意外な大どんでん返し、ももはや食傷気味である。
主人公一人だけ狂っていた、なんてパターンがいっとき流行ったが、
それすら怖いジャンルではベタなパターンに堕した感がある。

一方、王道というものがある。
なんだかんだ言って、野球の九回裏の逆転ホームランは気持ちいいし、
ハッピーエンドに飽き飽きってことはないし、
バッドエンドはすぐ嫌になるし、
主人公がピンチになることはいつ見てもハラハラする。
やっぱりヒロインとは結ばれてほしい。
誰かのピンチにトマホークがキリキリ飛んできて壁にスターンとうちつけられ、
誰だ!と振り替えったらヒーローが、のパターンはいつ見ても楽しい。

人にはいくつかの物語の王道があって、
飽きられた王道の表現パターンを、
たぶんベタと言うのだ。

ベタと王道を分けるのは、期待だ。
期待出来れば王道だし、期待外れや失望はベタである。

法則はない。感覚の問題だ。
何故なら、法則こそがルーチンだからだ。


僕は、「王道を更新する」という言い方をする。
王道はベタによって古くなり、
その衣を脱ぎ捨てて、
常に最新でなくてはならない。

「組織によって作られた男が脱走し、
追われながらその組織壊滅を目論む」
物語は、ベタだろうか、王道だろうか。

サスケなどの抜け忍もの、仮面ライダー、ボーンアイデンティティーと、
形を変えて、綿々と作られているパターンだ。
(「雷鳴のザジ」もね)
それぞれは外見や外の設定を変えることで、
違うようなものに見せかけているが、
中身は同じである。
そのことで、ベタでないように王道を更新するのである。
さらに元を辿ると、
天皇の落とし子を狙って、貴族たちが殺しに来るような、
中世の話に遡ることが出来るだろう。
逆に、王道は、外見を変えれば更新することは可能だ。

良くこういう話の時に出る、
ギリシャ神話のピグマリオンと、
映画「マイフェアレディ」と、「プリティウーマン」は同じ話だ、
という説は、ほぼこのことを言っている。


王道が何パターンあるか、とか、物語研究には、
僕はあまり興味がなくて、
僕は、面白い王道は何か、に興味がある。
新しい王道を作ることが出来るか、にも興味がある。
それは僕がクリエイターだからだと思う。



同じキャストの組み合わせはルーチンである。
同じ事務所とズブズブなのもルーチンである。
マーケティングで上がりが読める商売はルーチンである。
同じ宣伝方法で同じ測定方法で、
同じ儲けを計算できるものは、ルーチンである。

それは、クリエイティブではない。
クリエイティブは、それまでの基準で測定できないもののことである。


今、日本では(ハリウッドですら)、
儲けを計算してから作るという、
最もルーチンワークをするようになりつつある。

クリエイティブとは、ルーチンを破壊する。
それまでの価値で測定できて、読める範囲ではないことを、
することだ。

時代がルーチンの破壊を望まない限り、
クリエイティブなブームは来ないかも知れない。
悲観的に見るか、チャンスと見るかは、
「コップの半分の水を、半分なくなったと見るか、
半分あると見るか」の違いだ。


僕が原作つき映画に殆ど否定的なのは、
クリエイティブでないからだ。
原作をクリエイティブに解釈し直した、
原作ごえを果たしたものだけは、認めることにしている。

僕が桃太郎CMを鼻で笑い続けているのは、
中身がない丸パクリだからだ。
今まである映画の劣化コラージュをしているだけだからだ。
(コラージュは、オリジナル素材を使うことで、
オリジナル素材の第二の意味を作ることである。
MADのほうが本来のコラージュであるぶん、
桃太郎よりも志が高い)
丸パクリは、ルーチンである。


下手なクリエイティブが沢山失敗したのもある。
ただルーチンを破壊するのはクリエイティブではない。
デストラクティブだ。
デストラクティブ&コンストラクティブ&リクリエイティブが、
クリエイティブということだ。(再帰的定義)
下手なクリエイティブは、ただ破壊するだけや、
ただノールールの我が儘をする、幼稚なものが多い。
本当のクリエイティブは、
ルーチンでない、王道の更新のことを言うと、
僕は思っている。


作る前に予測することは、
クリエイティブビジネスにとって重要だろう。
大金のリスクが常にある。
その予測がお前ら下手だ、
という範囲に悪口を留めることにする。
予測そのものがルーチンでは話になんないぜ。

ひょっとすると、
今のクリエイティブビジネスは、
クリエイティブを売り物にしてないのではないかい?

折角、世界を面白くしたり、良くする方法のひとつなのにさ。
posted by おおおかとしひこ at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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