2015年03月09日

世界観が面白いだけで、面白いと言えるか?

外国旅行は面白い。見たことない世界が見れる。
知らない所へ行くのは面白い。
知らない人に会うのも、向こうが嫌がってなければ面白い。
ファンタジーやSF、変わった世界を舞台にしたもの、
知られていない業界を舞台にしたもの、
それらの世界を知ることは、面白い。

その面白いと、ストーリーの面白いは、
質の違う「面白い」であることに注意されたい。


ツアーやライドの面白さと、
ストーリーの面白さは違う。

ツアーやライドの、
新しい世界を知る(体験する)面白さは、
ストーリーの面白さとは違う。

ただし、ストーリーが、
ツアーやライドの面白さを、取り込むことがある。
SFやファンタジーの、見たこともない世界観や、
異色ものの面白さは、それだ。

ストーリーというのは、
日常を離れた特別な世界(スペシャルワールド)での冒険と、
その帰還であるから、
そのスペシャルワールドを、
全く新しく構築し、その面白さを味わって貰うことは、
ストーリーがツアーやライドの面白さを、
取り込んでいることになる。

スペシャルワールドは、
実は外国とか見たことのない世界である必要は、
全くない。
主人公の日常世界から離れた、
全く別の世界であれば構わない。
三丁目の人にとっての四丁目でも、定義上はよろしい。

だけど、どうせ行くならば、
見たこともない世界観を経験したい、
という、いわば贅沢なのである。


勿論、金をかければ、
見たこともないスペシャルワールドをつくれる。
ゼログラビティでは、命綱のない宇宙飛行士という、
全く新しいものを見せてくれたし、
CGなどにぶっこんで、凄いものをつくるやり方が大作主義であろう。
(るろうにとかは、そうだったかもね)

コメディなどでは、一発アイデアで、
金をかけなくても面白いスペシャルワールドをつくることが出来る。
たびたび僕が例に出す「愛しのローズマリー」では、
「心の美醜が見た目の美醜に見えてしまう催眠術」
にかかってしまった主人公が、
美人だが心の醜い女には目もくれず、
不細工だが心の美しい女にベタぼれする。
彼の主観的世界と、普通の見た目の世界のギャップが、
この映画の、見たこともないスペシャルワールドである。


これは、主に二幕の面白さについて、
語っていることと同じだ。

映画のストーリーは、
問題を示す一幕と解決を示す三幕によって、
主人公の変化(とテーマ)を示し、
それは、非日常であるスペシャルワールド、二幕の冒険によって、
得られるのであった。

つまり、ツアーやライドの面白さは、
ストーリーの面白さの一部にしかならず、
しかも「本質的な」面白さではないのだ。

ストーリーの面白さは、一幕と三幕にある。
どのような問題を抱えた主人公が、
どのような解決をしたかが、
本質的な面白さなのだ。

そこに感情移入できるか、そのテーマが心を打つか、
が、ストーリーの面白さの本質だ。
ところが、ネタバレになってしまうから、
予告や解説は二幕をやらざるを得ないのである。

一幕と三幕に焦点をあてた、映画解説があってもよいと思うが、
ネタバレするからダメだろうな。


また、二幕のスペシャルワールドは、
単独だけでも面白くなるのが理想だが、
それが、一幕と三幕との対の関係になることが理想だ。

「愛しのローズマリー」では、
主人公の問題とは、「見た目しか愛せない男」なのだ。
それが真逆のスペシャルワールドへ突入するから、
興味深い試練になるのである。
典型的なコメディは、まずこのような面白いスペシャルワールドを考え出し、
その真逆の問題をつくり、
問題→真逆のスペシャルワールド→解決
の構造をつくることで得られる。
(残念ながら、この映画は三幕がイマイチなのだが)


一幕と三幕の関係と、スペシャルワールドの面白さに、
必然的関係があること。
それが、理想の映画の面白さである。

世界観がいい!とか感想を言ってるやつは、
映画の何も見ていない馬鹿か、
見ていたのだが言語化出来ていないか、
分かった上でネタバレを避けるためそのようなコミュニケーションを取るかの、
どれかである。

最近のアホ宣伝部は、マジで一番の人しかいないのではないか、
という気すらしてきた。
posted by おおおかとしひこ at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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