2015年04月04日

リライトの終わりはいつか

これはとても難しい判断だ。
今のところ僕は以下のような基準にしている。

「試しに直して見ても、
元からよくならない時」である。
それは少なくとも、
現在の自分の実力のマックスだという証拠だ。


リライトをするとき、
まずメモ禁止で一気読みし、
「全体のイメージ」を頭の中に刻む方法については既に述べた。

リライトは、これに対して様々な分析をほどこし、
より良くしていくことである。

部分的に気になるところや、
ブロック的に気になるところや、
テーマ的に気になるところを、
どんどん直していく。
その結果、最初の全体のイメージより、良くなれば、
リライトは前進していると言える。


僕のやり方は、
手書きと文字うちのループだ。
手書きして文字うちし、文字うち原稿を一気読みをする。
イメージをつくれたら、
それに書き込みまくったり、白紙に問題点を書き出したりして、
手書きで直す。で文字うち原稿をつくり、また一気読みをする。
そのループだ。
大体10回はやる。


ある時から、前のバージョンの部分が良かった、
ということが出てくるようになる。
ということで、リライトした部分を、
元に戻したりする。
(デジタルは便利だけど、
アナログでも物理的切り貼りで対応してただけだ)

それらをやるうちに、
あんまり大きく直さなくて良くなってくる。
直すことよりも、一気読みが楽しくなってくるのだ。

多少気になったところに、
また戻って部分を直すけど、
似たような面白さにしかならないとき、
あるいは面白くなくなったとき、
(ある部分が面白くなくなったことで、
別の部分の面白さが増し、全体として良くなることはある。
これは部分を見ていても分からず、
全体を見ることでしか分からない。
その為の一気読みだ)
リライトは限界に来ているかを考えるようになる。

この話の持つポテンシャルを、
俺は今の実力でマックスに引き出した、
と、それで納得するようになる。

その時が完成だ。
これ以上直しても、面白さが変わらないからだ。


ちなみに、半年後とかに見直せば、
また直したい所も出てくるに違いない。
人は変化する生き物だからだ。

その時暇ならより良くなるようにリライトしてもよいし、
新作をやってもいいだろう。

完成の判断は難しい。
サグラダファミリアはまだ完成してない。

締め切りを設けるのは、
完璧でないにせよ、
そこそこの完成度のものを多作する、
現実的な方法であることは書いておこう。
納得いくまでやってたら、僕は30話も半年で書けなかっただろうし。


ということで、一ヶ月お待たせしていたリライトが、
完成したような気がする。
今から最終チェックをして、数時間後にはリリースかと。
posted by おおおかとしひこ at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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