2015年04月21日

期待させてくれること、答えてくれること

観客として見ているときには、これを無意識にしているはずだ。
何かを期待して見ること。
具体的なものがあるときもある(予告などで一瞬見ている)。
詳しくは知らないが、何となくの情報もある。
序盤や中盤で、これから期待することもなんとなくある。

これらに見事答えてくれる、
あるいは予想の更に上を行ってくれるとき、
スタンディングオベーションになると思う。

これを、自分の作品でやることが難しい。


結局、何度も観客になり、
観客として、色々なところに期待するしかない。
そして、作品がそれに見事答えてくれるかどうかを、
逐一チェックするしかない。

「期待する」というシミュレーションは、
何回も出来ない。
知らないこと前提で作品を最初から見ることは、
一回書いたあと大分あいて、
ディテールを忘れてしまっているときしか出来ない。
(しかも最初の一回きりだ。
僕がリライト時にこの感覚を維持せよと、大事にするのは、
これが一回しかないからだ)

これから何が起こるか知らない前提で、
どういう期待をするだろう、
ということは、理性ではシミュレーション可能だが、
感情のレベルでとらえることはとても難しい。


期待をさせているか。
どういう期待か。
それに答えているか。
しかも上回っているか。

恐らく、リライト時に一番見えなくなるのが、
この初見の感情だ。
これを見失うと、多分リライトは失敗だ。
それは、初見の同調のプロセスだからだ。
posted by おおおかとしひこ at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック