最近、映像編集がとても窮屈だ。
アナログ時代に戻りたい。
テープtoデジタルをAVID、AVIDtoテープ、EDLで次へ、
の方が、何が行われているか直感的で、
管理がしやすかった。(スタインベックの方が更によいと思う)
今の編集はブラックボックス化しすぎだ。
編集する僕にあまり差はないが、周囲の理解が素材管理ばかりに集中し、
中身の編集についての理解が追いついていない。
問題はどこか。信号変換の手間の問題だ。
要するにデジタルとは、アナログ信号を、
ある法則によって符号化したものだ。
(我々の扱うものは、非圧縮QTまたはtiff連番)
しかし、編集中は様々な符号化形式が混在し、
それを使える形に変換する手間がある。
フルHD、ハーフ、SDサイズ、アスペクト、30コマ24コマ、
インターレス、プログレッシブ、
色空間を4:4:4でやるのかビットレート下げるのか、
吐き出しをH264クラスにするのかもっと下げるのか。
MP4にしたって圧縮アルゴリズムは何種類もある。
デジタル符号化は、
アナログ時代のコンポーネント信号/コンポジット信号の、
ほとんど二種類しかなかった時代に比べ、
ざっと数十は把握しとかないと混乱する。
さて、これらの符号化には互換性がない。
アナログ時代なら直結すれば、劣化するけど符号間変換なんていらなかった。
変換プラグさえあれば、作業は強引に進められた。
ところが、デジタルの面倒な所は、
混在する符号を、まず同一符号にして扱えるようにする手間が必要なのだ。
この、変換時間が厄介だ。
コーデック間の変換は、一瞬ではない。
アナログなら収録時間が即変換時間(ダビング)だったが、
転送速度や変換速度の問題で、
収録時間よりも多くかかる(時に数倍も)ことが、
デジタル時代の最大の現場的問題である。
デジタル撮影になり、
必要なところだけ回すという概念、
ちょっとしか撮れないから緊張して撮る、
緊張して何もかも事前準備する、
なども失われ、
収録時間もだらだらと長くなり、
素材時間も数倍に増えている。
つまり、編集可能な形にするという、符号変換時間が、
仕事の過程で発生し、
それがクリエイティブな時間を圧迫している。
8時間の編集時間に対し、
変換時間が3時間ぐらい現場を殺してるイメージ。
それ、別日にやったほうがいいんじゃね?
デジタルは人を幸せにした?
符号化変換は、ただのコピー待ちに思われるから、
料金の発生しないタダのもの扱いだ。
計算機をフル回転させてるのにだ。
こんなに現場のクリエイティブを落としているのにだ。
僕は、編集と合成は分けようといつも言っている。
そのうち、編集と合成の区別がつかない人ばかりになり、
日本の映像文化は死んでいくかも知れない。
デジタルは人を幸せにしない。
少なくとも編集というモンタージュ行為では。
脚本論に戻そう。
編集とは、並び替えだ。
カードによる並び替えのメソッドを思いだそう。
実はカードによる並び替えの本質は、
カードに書いていない本質に気づくまで、
並び替えを試すことだった。
その窯変こそが、創作という行為だ。
デジタルは窯変が起こらない。
モニタの前で窯変は起きない。
窯変が起きるのは、作品から一歩離れたときの、
あなたの頭の中だからだ。
クリエイティブとは、そこにあるからだ。
デジタルは人を幸せにしない。
人から、結果的にクリエイティブを奪っている。
2015年04月23日
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