最近発見した、オススメの書き方。
一日で一本書く分量のとき限定のテクニック。
(僕は1万字ちょいぐらいが限界だ)
初日は一幕。
次の日は二幕三幕。そして次の話の一幕。
以下繰り返し。
これで二日目以降は1万字ペースで進む。
「(同じ話の)一幕二幕三幕」を書くのはうまくいかない。
「二幕三幕、別の話の一幕」がいい。
なぜこれが上手くいくかについては、
経験則としか言いようがない。
小説版てんぐ探偵は、1万字前後を5本、
一ヶ月ペースで書いている。主に休みにガッツリ書くのだが、
この連休でこの書き方にたどり着いた。
僕は昔から二幕前半を書くのが苦手だ。
このブログでもちょいちょい書いてて、対処法もいくつか書いてきた。
一幕は勢いで書ける。
第一ターニングポイントで鮮やかな幕切れをしたとき、
さあ二幕、となると、
急に書けなくなるのである。
その原因については、色々と考えた。
今のところ、
一幕と二幕を書くには、同等の準備が必要で、
書きはじめの時には一幕は準備してあっても、
二幕の準備を怠っている、
という仮説にたどり着いている。
この場合の準備とは、資料の大小やアイデアなどの量的なものではなく、
脳の中の作業スペースのことだ。
人は何かを書くとき、
頭のなかに、最終的に書かれるものの、
10倍程度(この数字は人による)の作業スペースを広げなければならないのではないか?
というのが僕の仮説だ。
一幕を書くときは、全体について準備しているつもりでも、
一幕の準備しかほんとは出来てないのでは、
と僕は考えている。
で、恐らく、一幕と二幕に必要な作業スペースは、
同時に頭のなかで存在できないのだ。
一幕を書くときは、頭のなかにその分の作業スペースが出来上がる。
今書ける、と思うのは、それが出来上がったときだ。
しかし、それを畳んで、別の二幕用の作業スペースを広げるには、
さて次を書くぞと思ってから、30分や一時間では無理なのでは、
というのが僕の経験則なのだ。(勿論人や作品にもよる)
最低でも、飯食って風呂入って寝る、という夜のルーチンをして、
脳のリフレッシュをしないと無理ではないか。
逆にそれをやることで、
次の日、二幕三幕を一気に書けるのだ。
頭のなかの作業スペースとは、
プロットとかアイデアのようなレベルではなく、
登場人物の気持ちそのものになったり、
台詞が自然と出てくるまで彼らの中に入ったり、
また別の人物から見たその人が想像できたり、
それを登場人物分出来たり、
動機やバックグラウンドを短期記憶で把握したり、
その場所や光景をありありと想像できたり、
このあとの段取りを、まるで今思いついたかのように、
ビビッドにその場にいるように書けるレベルのことだ。
それを、一幕分をやって、畳んで、二幕分のそれを準備するのは、
一時間とかでは無理で、
ざっくりいうと一晩かかる、
というのが経験則だ。
寝るのが大きいのかも知れない。
ホテルで缶詰めで書いたことはないけど、
経験的に旅館やホテルで書くのは、いつでも寝れることが大きいのかも知れない。
(昔はエクセルシオールカフェのソファ席で一時間ぐらい寝れたものだが、
ソファ席は撤去の方向だしなあ。漫画喫茶じゃきついしなあ)
寝るのは、適度に忘れて整理することだからだ。
物語の構造上、
一幕を書く準備と、二幕を書く準備は、
全く異なり、しかも同等に膨大だと思う。
一幕は日常世界からのドリフトを描き、
二幕は非日常世界(危険に満ちた別世界、スペシャルワールド)について、
描かなければならないからだ。
一幕の準備と二幕の準備は、別々なのだ。
二幕を書くときには、一幕のことは必要ないのだ。
それが分かって、
書くのが少し楽になった。
あとは、合理的に量を準備すればいいとわかってきた。
これは、勿論一日で一本書く量の話だ。
5分や15分なら、一気に書けるかも知れない。
しかし、「ヘッド・バッド・ティーチャー」のように、
おそらく一幕二幕を一気に書いたような作品では、
一番オイシイポイントから逃げてしまう。
それは、オイシイポイントの準備を出来なかったからではないかと思われる。
一幕を書いた勢いで、続きを書きたくなる。
そこをグッと押さえるのも技術だ。
一幕を書く前の勢いぐらい、二幕を準備してる?
多分燃料は尽きている。
その燃料を明日に向かって準備しはじめて、
爆睡するのが、大岡式である。
二幕でつまづく人たちは、参考にされたい。
2015年05月09日
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