続き。
今までの議論から明らかだが、
登場人物とは、目的のことである。
従って人を増やすということは、
目的を増やすことに他ならない。
「人が増えて複雑になる(豊かになる)」
というのは、
つまり、矛盾する目的が増えることによる、
複雑さ(ゆたかさ)の度合いの増量だ。
ひとつの目的に対して、
一本のストーリーラインが引けるからだ。
ということは、
原理的には、人を増やさなくて、
目的を増やすことでもいけることになる。
例えば個人の中で、矛盾する目的を複数持たせる。
それが第三の結論へ進む過程を描いたりする。
内面の葛藤だ。
小説などでは内面を描けるが、
内面を描けない映像では、
天使の俺と悪魔の俺がささやく、
などのコント的場面で描かれることが多い。
「ファイトクラブ」では、
ブラピはエドワードノートンの別人格、っていう落ちだっけ。
そんな特別な仕掛けをしなければならないほど、
内面の葛藤を外から見てわかるようにすることは難しい。
「脳内ポイズンベリー(漫画しか見てないが)」では、
三十路女の葛藤を、脳内会議という形で表現している。
(この表現自体はオリジナルではないが、
恋愛もののリアリティーと絡めた部分が面白い。
脳内会議が編集者のアイデア、恋愛のリアリティーが作者のアイデア、
という合作的な匂いがする。平凡な三十路女のリアリティーある恋愛話を、
ビジュアルアイデアで突破した、映画むきのパターンだ)
内面の葛藤は、「…」という芝居でしか、
ストレートには示すしかない。
10秒も見ればお腹一杯だから、
内面の嵐に比べ、外面は何もアクションがなく地味だ。
マトリックスの赤い薬と青い薬のように、
選択肢を前に迷い、選ぶという決断のアクションで次へ行動するのを示す。
つまり、葛藤そのものは描かれない。
葛藤に、感情移入させるとよい。
矛盾する目的の両方を理解させ、
感情移入させるのがコツだ。
例えば三角関係なら、
AくんもBくんも好き、という主人公に感情移入出来なければならない。
主人公が葛藤するのではなく、
観客が葛藤するようにするのだ。
設定の羅列では意味がない。
感情移入にするべきである。
(感情移入を伴わない設定だけの三角関係ならば、
それを利用したブラックコメディにすることが可能だ。
勿論、感情移入した上でブラックコメディにしてもいい)
目的が最初から複数ではなく、
途中で増えるのもよい。
減るのもよい。
少年漫画でよくあるのは、死んだ(負けた)奴の目的も背負うことだ。
てんぐ探偵シンイチは、男の自殺を止められなかったことで、
人々を救いたいという目的が出来た。
勿論、主人公の中の複数の目的だけでなく、
他の登場人物の中に複数の目的があってもよい。
スパイ、二重スパイ、仮面ものなどは、
その代表的な例である。
女なんかは、ナチュラルに公の目的と私の目的を使い分ける。
「仕事をする女が、職場の上司と付き合いながら、
しかもなかなか会えない恋人がいる」
なんてのは、複雑に絡んだ複数の目的である。
これ「働きマン」の主人公だっけ。
キャラの使い分け、なんてなSNSでは今や当たり前になった現象も、
これかもね。
これで複数のキャラを持つ人同士がリアルで出会って、
その統合までを描くラブストーリーなんてのは、
もうどこかで書かれていると思う。
ダブルスタンダードも、矛盾する複数の目的になる。
詳しくはダブルスタンダードを調べてください。
敵のボスが、ミスをした身内には厳しいが、
娘にはベタぼれなんてパターンは、
よくあるダブルスタンダードだ。
娘が跡を継ぎたいと言ったときに、ドラマが生まれるだろう。
中盤を厚くするには、人を増やすといい。
目的も、増やすといい。
それは、途中で増えたり、解消したり、
更新されたり、統合されたりしていい。
むしろ、それがストーリーの骨格であると言える。
2015年05月18日
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連載の場合は、「単行本で何冊分の連載」「この巻でこうなる」「ここでこの前ふりを」など考えているとも書いてありました。
このプロット作業が一番楽しくて、ずっとやっていたいそうです。
この緻密な感じは地の星座?と思い調べてみましたが、ぎりぎり天秤座(10/23)の風の星座でした。
その程度では緻密でもなんでもなく、普通では…。
乙女座の緻密はもっと緻密ですよ…
あと緻密さは地の星座の特質ではなく、
地は計画変更への柔軟性に欠ける、と僕は見ています。
「脳内ポイズンベリー」は数巻読みましたが、
各キャラクターのバランスが取れてるところが、
天秤座らしいといえばらしいですねえ。