途中で書けなくなってしまう最大の原因は、
この心理ではないかと思う。
二つの対処法がある。
ひとつ目は、受け入れがたいが、
「この話は、夢想したほど面白くない」と認めることだ。
書き始めた頃に思い浮かべた、光輝く瞬間。
世界を一撃で変える、
(その結果モテモテになる)
最高の、大岡監督も100点であると判子を押す作品。
今書いているものが、全くそこに至らない、
合格ラインギリギリ(または下回る)の作品であることに、
気づいてしまったその時。
書き直しは手遅れだ。もうここまで書いてしまった。
完全になかったことにしてリブートするか、
または凄い思いつきが来るまで凍結するか。
(前者は似たような所でまた挫折し、以下ループ)
こうやって、失意のままに、多くの作品が途中で挫折する。
打ちきりなどという他者からの権力ではなく、
作者自らの自壊だ。
それでも最後まで完成させることは出来る。
100点を諦めることでだ。
その代わり、加点法を用いるとよい。
「この話は、少なくとも○○を達成している作品だ」と。
一幕二幕三幕が理想通り機能し、
伏線がズバリと決まり、
感動したり大爆笑したり、
お楽しみポイントは目を見張るほど新しく、
テーマは人類の集合的無意識を更新する、
そんな完璧でない作品だとして、
逆に、「何なら出来ているか(あるいは今後出来そうか)」を、
認めるのだ。
その一点突破を覚悟して、最後まで書くといい。
魅力的なキャラクターでもいい。
ラストの切なさだけでもいい。
歴史に残る素晴らしさでなく、銅賞狙いでもいい。
とにかく、その作品の一番いいところを、
数え上げてみよう。
少なくとも何を達成しているか。
それがその作品の価値だ。
価値ゼロではないのだ。
今挫折したらゼロである。
あなたは、そのわずかの価値のために完結させるといいだろう。
それが人類への貢献の、確実なやり方だ。
もしリライトのチャンスがあるのなら、
更に高みを目指して改良することが出来る。
その来世を期待して、まずは今世をラストまで生きてみよう。
自殺は生まれ変われない、というのはキリスト教だっけ。
ラストまで書いて、テーマさえ確定させられれば、
いかようにも書き直すことは可能だ。
それを信じて、ただひとつだけなすことだけ覚悟して、
思ったよりも面白そうにないその作品を完成させよう。
(現実的には、そのうち筆が乗る瞬間があって、
そのどん底より多少面白くなることが、
経験的に分かっているから気楽に構えたまえ)
勝負は書き終えてからはじまる。
その材料集めの段階で挫折してる場合じゃない。
まずは、この段階で何をなしえたかを、正確にはかろう。
確実にそこよりは上に上がれることを知ることだ。
もうひとつ目は、
「その最高に面白いと思われた場面を、先に書いてしまう」だ。
今あんまり盛り上がってないパートだからいまいち、
の可能性がある。
だとすると、先にピークを書いてしまうのだ。
それはラストシーンやクライマックスだろう。
そこがあなたの最高の到達点になる予定で、
この作品は書かれ始めたはずだからだ。
そこがエネルギッシュに書けたなら、
もう出口の見えた迷路のようなものだ。
そこへ向かって間を埋めれば完成だ。
そこが詰まんないとしよう。
では、最初に戻りたまえ。
この作品はたいしたものにならないことを認め、
では何なら出来ているかをチェックし、
その覚悟でこの作品をそのウリで完成させることだ。
完結さえすれば、
人に見てもらうことが出来る。
完結さえすれば、
その作品の意義を検討することが出来る。
完結さえすれば、
その作品をより良く改良することが出来る。
完結していなければ、
人に見せることも、その作品の意義も不定で、改良する余地もない。
書かなかったことと同じだ。
暗いと不平を言うよりも、進んで明かりをつけましょう。
それが強い明かりでなかったとしても、
進んで明かりをつけられたなら、
次はさらに強い明かりをつけることが出来る。
そうやって、完璧な明かりをつくる日が来るのだ。
最初から完璧な脚本を書けた人はこの世にはいない。
いても一発屋だ。
本当に偉大なストーリーテラーは、
何度も何度も挫折し、そのたびに克服してきた者のことだ。
書く者は、常に挫折と闘っている。
敵は自分だ。たいして面白くないのかもという恐怖心だ。
働いて自分の惨めさを晒すなら、働かずにニートになると言ってる奴と同じだ。
自分の小ささを認め、自分の人生は完璧でないことを知ることから、
大人の人生ははじまる。
挫折しなかった者だけが、小さな石を積める。
その石をひとつずつ積み上げて、それを山にするのである。
今はその小さな石を積む過程だと、自覚することだ。
(今挫折しそうなので、自分に向けて書いてみた。
てんぐ探偵は、ヒーローものを革新するほどの夢想で書かれ始めた。
そこまででもねえや、とつい覚めた目がやってきたのである。
まあここまでは出来てるし、というラインの攻防である)
2015年06月15日
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