2015年07月04日

創作クラブは有用か?

ついでにアマチュア時代の話をしてみよう。

アマチュア時代、
創作仲間はとても大事だと思う。


一人じゃはじめられないし、
一人じゃ続かないからだ。
プロになってすら、同期の監督の活躍は励みになる。


僕が最初漫画を描いたのは小学校三年で、
藤子不二雄に憧れて、二人コンビではじめた。
二人で作ったドラえもん的なキャラが活躍するのを、
ページごととかコマごとに描いてた記憶がある。
その後彼は「あしたのジョー」に傾倒し、
僕はSFに傾倒したので、共作はしなかったけど、
イラストや4コマを見せあったりはした。

彼がいなくても一人で描いてたかも知れないけど、
彼がいたから、漫画に関する色んな話が出来て、
自分と同じやつがいた!と錯覚して、
自分と似てるけど違うやつだ、という失望を味わった。

中一でも漫画をかくやつが二人いて、
三人で放課後漫画をかきつづけた。
僕はバトルカンフーSFもの、あと二人はギャグか学園だったかな。
映画部のやつはホラーの脚本を書いてたし、
演劇部はなんとか殺人事件を書いてた。
そんな恵まれた中高時代(六年一貫の男子校)を過ごした。
仲間は大事だ。
色んな話をする。
今では何話したか忘れたぐらい、話をした。

多分、話し相手が必要なのだ。
何かに困ったとか、どや顔したいとか、
作品のことだけでなく、好きなプロの話とか、
見たテレビの話とか、人生のこととか、
多感なときの仲間は一生の思い出だ。

僕は漫画をかきながら、中三、高一と映画を撮った。
その流れで大学で漫研と映研に入った。
で、映画のほうが面白くなってこの道を志す。
8ミリを3本、実験もの(未編集)を1本。

僕は映研の連中が本気で好きになれなかった。
誰もプロを目指してないからだ。
まあうちの大学だから、卒業すればエリートだ。
誰も真剣に映画のことを考えていない。
生涯の問題として考えていない。
だから一人で映画を撮り続けた。
サークルの公式作品ではなく、非公式の自主として。
(勿論一人では出来なくて、特に仲のいいやつには手伝って貰った)

ずっと、ここじゃないどこかだと思っていた。
京都は所詮地方都市だ。
大阪に負けてるし、当然東京にも負けている。
俺はこんなところにいるべきなのか、
とずっと思っていた。

僕は京都が大好きなのだけど、
ここにいちゃいけないという思いがアンビバレンツにある。
それはまるで、「ニューシネマパラダイス」のようである。
だから僕はあの映画で号泣するのである。


思えば、この時が、自分のプロへの意識のはじまりなのだ。
小学校から高校ぐらいまでは、
憧れやすでに見たこういう世界がやりたい、が勝っていた。
大学で一本目の映画は、半々だ。
自分独自のものと、トレンディドラマを混ぜたやつだった。
トレンディドラマがやりたかった。
六年男子校の反動で、恋への憧れが強すぎた。


それから、独自の成分が増えていく。
何かに似たものの再現ではなく、
仲間とか関係なく、
一人でも表現しようということが、
止められたとしてもやり続けようとする欲望が、
出てきたような気がする。

つまり、憧れでやってる仲間たちから、卒業したのだと言える。



創作クラブは有用だ。
仲間がいる。
仲間だから色んな話が出来るし、
ケンカもするだろうし、仲直りもするだろう。
しかし、いずれ気がつくのだ。
傷つけあわない世界であるということに。

我々は観客としてプロをけちょんけちょんにするのに、
それ以下の仲間の作品を、そうしないことに、
気づかざるを得ないのだ。

仲間は憧れだけでやっている。
俺一人プロになる前提でやっている。
ここはぬるま湯だ。
そう思ったときが、クラブを辞めるときである。

偶然、プロになる前提でいる奴に出会えたら、
その後もつきあうかも知れないけど、僕にはいなかった。

プロになっても、助監督時代はクラブのようなものだった。
入ったばかりの人は、憧れを語ったりした。
誰も自分の創るものの話をしなかった。
○○っぽいもの、みたいな話しかしなかった。
沢山の同期が辞め、今でもやってるかは分からない。
その仲間は友人として大事だけど、
プロとしては落伍者だ。

フリーランスになった同期の監督が二人いる。
時々作品を見ることがあって、
頑張っているのだなあ、と心強くなる。
会ったら、けちょんけちょんにしてやらなくては。


創作クラブは有用だ。
楽しい。辛くない。仲間がいる。
そして、自分と他人の差が、だんだんはっきりと分かってくる。
いつかそこから卒業し、
一人でやる時が来る。


いい加減CM業界が詰まらない。ぬるま湯だ。
この仲間から卒業しなければならないな、と思ってずいぶんたつ。
僕の人生はこの繰り返しみたいだ。

初めて助監督としてついた、生ける伝説みたいな師匠が、
「ディレクターは孤独だ」と教えてくれた。
その話を、今もう一度聞いてみたいのだが鬼籍に入られてしまった。
後輩に語り継ぐしかなさそうだ。
posted by おおおかとしひこ at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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