2015年07月05日

最後までの見取り図

プロットとは、執筆にとって地図だ。
最初書くときは、どういう話にしようかと構想して練ることだが、
いざ執筆をはじめたら、それはGPSのように、
いまここですよ、と指示してくれる強力な武器になる。


この先しばらく冗談タイム、
この先しばらく二転三転、
この先デカイ山あり、
この先しばらくミスリード、
この先しばらく嘘がばれない、
この先どんでん返しあり、
この先しばらく伏線、
この先緩急のあと緩、からの急、
などなど。

プロットが分かっていれば、
会話も行動もスムーズだ。
今の話題をどう次にもっていくか、誘導しやすい。

プロットがあるから、
安心してアドリブをかませるのだ。
プロットがあるから、
いま脱線中か本線中かを自覚出来るのだ。

旅行のしおりと同じだ。
何日の何時にどこへ行くかは決まっている。
そこへ行く理由も、そこで何をするかも決まっている。
あとは登場人物本人たちと観客が、
そうと知らないままに、
必然的にそこへ雪崩れ込む、
本人が素晴らしい思いつきとしてそこへ雪崩れ込むように、
書いていけばいい。

旅行とはいえ、多少予定の変更はある。旅のアクシデントのようなものだ。
どれだけプロットを正確に守るか、どれだけ脱線するかは、
作家の性格や作品によってもばらつきがあるだろう。
自然に話がそっちへいき、面白ければ何でもいいはずだ。
ただプロットが崩壊してしまっては、その先が困るだろうけど。


「てんぐ探偵」は、
全50話程度のプロットは既にあった。
執筆途中エピソードが増えて全56話になった。
50話の構成(順番)は既にあった。
が、何回も更新した。
書いてる途中ですら変わった。
次の第十集のために、「宿主と心の闇の一覧」を描いてみた。
中表紙になる予定の絵だ。
今後書き終えて微妙に順番を変えるかも知れないけど、
一応、何がどのようにどんな順番で起きるか、
という全体プロットになっているのだなあ、
と改めて思う。

今まで心の闇、すなわち敵と、
エピソードタイトルの一覧ばかり書いてきたのだが、
そもそもこのシリーズは、
取り憑かれる宿主が毎回の主人公であるから、
その一覧をなぜ書いてなかったのか、
と痛恨の思いだ。
主人公はシンイチでもあり、宿主でもあるのにね。


もしこういうシリーズを書くなら、
ゲスト主人公、敵、エピソードをセットにし、
レギュラー主人公がどう関わるかを一覧にすると、
それが全体のプロットになる。

5W1H。
誰が。いつ。どこで。何を。どういう理由で。何する。

この基本に答えられるのが、プロットだ。
それが曖昧なのは、プロットではない。
(いちいち明示しなくとも暗示でよい。
考えていなかった、ではプロットとして失格だ)


「こういうことのあとに、それゆえ、こういうことを起こす」
の連鎖がプロットである。

全体地図をちょいちょい見ながら、
全体地図をちょいちょい修正しながら、
執筆の旅を完遂しよう。


一昨日から書いてきた48話「闇の名前」(妖怪「天狗」)は、
全体のテーマと関係する重要エピソードだ。
しかも当然ラストへの伏線になる。
心の闇「天狗」と、遠野の天狗たちの違いとか、
「天狗になる」とはどういうことか、とか、
めちゃめちゃ肝になるところを書いている。

今日はそのヤマを書く。
シンイチの行動は決まっていたが、
天狗たちのリアクションは決まっていなかった。
登場の予定もなかった。
しかしやはり登場させるべきだと思い、昨日は執筆をやめて構想に入った。
最初の台詞「奴め、言いたい放題か」から、はじめる予定だ。


プロットは、最後までの見取り図だ。
これを見ながら、今具体がどうあるべきかを考えるのである。
posted by おおおかとしひこ at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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