2015年08月18日

上手な会話の書き方

という検索ワードで来た人がいるので。

とりあえず二人の会話に限定。三人以上はあとで拡張する。


コツをたったひとつに絞ろう。
「互いの目的が異なること」だ。



映画の中の上手な会話には、
軽妙洒脱なジョークも、
オシャレな台詞まわしも、
性格描写も、
状況説明も必要ない。

互いに目的が違うことだけが重要だ。


「ドアの前の会話」の例は以前書いたかも知れない。
「どうしてもこのドアを開けたいA」と、
「どうしてもこのドアを閉めておきたいB」の会話を書いてみる練習だ。

会話だけじゃなくて、そのうち実力行使に出るだろう。
その前は紳士的に説得したり、なだめすかしたり、
買収したり脅したりするかも知れない。
下手したら別の会話の隙に強行するかも知れない。

理由は考えてはいけない。
自分の理由を明かすことなく、
どうしてもドアを開けさせればAの勝ち、
ドアを開けるのを諦めさせればBの勝ち。
どっちが勝ってもいい。
最後までギリギリ決めずに書いてもいいし、
最初から結末を決めて書いてもいい。

あるいは、理由を決めて書いてもいい。
説得や同情が勝敗の決め手になるかも知れない。



これをコンフリクトという。
衝突とこの場合は訳そう。

映画の中の会話は、テーブルマナーとか貴族の会話ではない。

自分の目的に従わない誰かとする為「だけ」にある。

そう考えれば、
うまい会話も下手な会話もない。
「必死な会話」があるだけだ。
(テンション高い会話が必死な会話とは限らない。
とても怒っているのに冷静に喋ったり、
すごく好きなのに一言しか喋れないことは、
人間ならよくある)

必死であればあるほど、
なりふり構わない、どうしてもそうしたいがための、
その場で思いついたことすべてを話すと思う。


必要なのは、互いが違う目的であること。
矛盾してもいいし、
同じ目的なのだが一人しか通れない、という競争関係でもいい。

そして、その動機が物凄く必死であることだ。

どれだけ必死かも創作すること。
とにかく必死なのだ。
話してダメなら殴ってでもその目的を果たしたいぐらいに必死なのだ。


目的と必死さ。

これさえ作れば、
その人物の立場にそれぞれなれば、
必死の言葉が出てくるはずである。


もしあなたが会話が下手なのだとしたら、
同じ目的の人同士で会話させているからだろう。
目的が同じなら、アイコンタクトレベルで勝手に行動するよね。
そこにズレがあるから、喋って確認するのだよ。
ちょっとしたズレから根本的なズレまでね。

あるいは、その人はたいしてそれをしたくないのかもね。
クールキャラ、無気力キャラは捨てよう。
否、普段クールだろうが無気力だろうが、
その目的の為なら普段じゃなくなるべきだ。
それが必死だと言うことだ。

あるいは、そもそも目的のない人に会話させているのかも知れない。
目的のない会話など、映画のガンだ。
さっさと切除してしまえ。



出来れば立場や性格やテンションに差があるような会話にするべきだけど、
そんなん枝葉に過ぎない。

必死で噛み合う会話の方が優先だ。



三人以上の会話のコツも同じだ。
全員の目的が異なればよく、全員が必死であればいい。

ただ、ややこしくなるので、
一人は黙ってて、大事なところだけ喋ることもよくある。


会話上手になってもいいが、
それには何年もの修練がいる。
下手でも、映画的会話がうまければそれでいい。
映画的会話がうまいかどうかは、
どれだけ異なる目的を用意できるかと、
どれだけ必死かを作っているか、
の要素だけで決まり、
ジョークの上手さには関係がない。


また、会話のゴールを常に考えよう。
スタートが目的の差異から始まっているのだから、
ゴールは目的の一致か、決裂かのどちらかしかない。
ケンカだって?
そうだよ、会話はケンカだよ?

映画とはコンフリクトだ。
コンフリクトは、ケンカと訳してもいい。


自己承認欲求を満たす承認会話ばっかしてんじゃねえよ。気持ち悪い。
posted by おおおかとしひこ at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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