2015年08月18日

本当のことを書こう

自分が嘘だと思うことを書いても、
なかなかうまくいかない。

本当のことを書くことにしよう。


理屈においても、感情においてもだ。

こういうことに会議で決まったから、とか、
(プロの現場で最もよくある)
これしか出来なかったから、とか、
こういうものだと人から言われたから、とか、
よく知らないけど、こんな感じでしょと思ったから、とか、
そういう風にして書いたものは、
全部嘘だ。

フィクションという嘘ではなく、
あなたの中で消化しきれていないという嘘だ。

あなたは何を書くべきか、わからなくなったら、
本当のことを書くことにしよう。

本当のこととは、
あなたの中で、理屈でも感情においても、
納得出来る、自然にわいて出てくることである。
いわばあなたの血肉になっていることだ。

そうでない限り、
あなたのペンは滑る。
表面的なところを滑り、
人の心の真芯に届かない表現になる。

知らないことを適当に書いてもだめだ。
だから取材して、人に会い、
自分の中で納得して、リアリティーを現場で見るのだ。

人の知識量なんてたかが知れている。
だから、脚本教室ではまず自分のことを書け、
なんて教える。
僕はこれは間違っていると思っていて、
「主人公は他人」という三人称の原則を学べなくなり、
多くのメアリースーを産み出してしまうと思う。
たぶん、「ドアの前の二人」を書かせた方が、
いいのではと思うぐらい。

人の知識量なんてたかが知れている。
だから取材するのだ。
ネットで得られる知識、
本で得られる知識、
人伝に得られる知識、
それらはテンプレに過ぎない。
「体験者と直接会って、整理されていないリアリティーを味わう」
のが一番いい。
それを整理するのはあなただ。
生きた知識は、そうやって増える。
それが「本当のこと」である。


脚本家を目指すやつは自閉症気味が多いから、
人と会うのは苦手かもだ。
しかし、映画は他人を描くことを思いだそう。
他人の何かを描くために、
他人の本当を、知った方がいい。

自分のことを書きたいなら、それしか書けないなら、
一人称私小説を書くべきであり、
三人称を書いてはいけない。



他人のことを書くときに、
嘘や思い込みや偏見や他人の意見はいらない。
あなたが本当だと思うことを書くこと。
あなたが分からない部分は、本当にたどり着くまで調べること。

その本当だと思うことを、
嘘の世界で描くのが、
フィクションというジャンルだ。
posted by おおおかとしひこ at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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