2015年08月19日

糞デザイナーと糞実写映画と糞建築には共通項がある

佐野デザインが目下大炎上中だ。
トートバッグのフランスパンやビーチなんて、序の口だった。
動物園ロゴやBIToはひどいものだ。あと何があったっけ。
まとめが追いつかない勢いだね。

先日システムの問題だと批評したけれど、
漏れ聞こえる氏のパーソナリティーから、
恐らく糞実写映画と糞建築と、
共通の構造的問題を指摘しておく。

糞クリエイター(否、イミテイター)の癖に、
コミュ力が高いことと、
作品をOKする側に美的判断力が皆無な所である。


漫画の編集者と漫画家の関係でたとえてみよう。

編集者は漫画を見る目がなければならない。
どういう漫画が今受けていて、
次にどういう漫画が来るかを見極めなければならない。
そうしないと生きていけないからだ。
目利きであり、歴史的に漫画を知っている必要がある。
的確な批評家であり、的確な斥候である必要がある。
だからこそ、
漫画家の出してくるアイデアや原稿に、
ダメ出しも出来れば絶賛も出来るし、
修正の相談も出来るのだ。

もし編集者がぼんくらだとしよう。

どんな漫画が面白いかよく分からず、
漫画もそもそも読んでないし、
映画も見ないし小説も読まないし演劇も見ないし音楽も聞かないとしよう。
これといった趣味もなく、
なんとなくその職業についた、
会社員のぼんくらだとする。

その人が漫画家を採用する立場になったとする。
どんな人を採用するだろうか。

漫画の良し悪しなど分からないから、
その人の人柄で漫画を見てしまう。
極端なことを言うと、
陰気で怖そうな人は採用せず、
陽気で楽しそうな人を採用する。
実力とか関係なくだ。(そもそも見極められない)

そもそも、クリエイターというのは異常者だ。
自閉症やサバン症候群と連続している。
リア充じゃないからこそ、
作品しかエネルギーの出口がなく、
そこに人生の全てを凝縮する。
それが芸術であり、その膨大なエネルギーが人を圧倒するのである。

だからクリエイターは口下手だ。
そもそもコミュ障だし、
作品にエネルギーを注げば注ぐほど、
見りゃ分かるだろと思っているからだ。

優秀な編集者ならば目利きで分かるし、
クリエイターというものはそうだと分かっているから、
多くを話すことはないだろうし、
キュレーター感覚でさばき、批評できるはずだ。

ところが、ぼんくら編集者だ。
この人は目がついていない。
どれがいいか分からないし、コミュ障の言ってることもよく分からない。
ここに、コミュ力の高い自称クリエイターがやって来たらどうだろう。
自分の作品の良さを事細かに解説してくれて、
それが世間にどう影響するかも解説してくれて、
しかも編集者のどんなバカな質問にも丁寧に答えてくれる。
ちょっとした不安も先回りし、
冗談も上手く、いけてる感じを演出している。

ぼんくらは、こちらを採用する。
作品を見る目がなく、コミュニケーションを取れた方を採用する。
なぜならぼんくらだからだ。



編集者と漫画家ならば一対一だが、
デザイン業界も、映画業界も、建築業界も、
採用する側は集団だ。
その集団全員が優秀なキュレーターである確率より、
ぼんくらが混じっている確率が高いだけのことである。
(仮に一人優秀なキュレーターが混じっていても、
多くのぼんくらに意見が流されることは、
会社の会議ではよくあることだ。
民主主義をはじめとする集団の意思決定は、
集団の質が揃っていないと機能しない。
僕は第三者機関みたいな素人集団を信用しない。
何故なら実力や判断力の粒が揃っていないからである)


さて、糞デザイナー佐野だ。

彼はコミュ力が高いらしい。
採用する側はぼんくらだ。

従って、指摘がなければばれなかった、
糞パクりデザインで、今まで仕事をしてこれたのだ。
彼の仕事はデザインではなくコミュニケーションなのだ。

建築家に安藤忠雄という人がいる。
僕はこの人のデザインが最悪だといつも思う。
見た目も醜悪だし、機能も最悪だ。
デザインは消えるべきという僕の持論と真逆で、
彼のデザインは要らない主張をし、邪魔である。
ところが、この人はとてもプレゼンが上手なのだそうだ。
初対面の人を豪華なディナーに招待し、
時に温泉に連れていくという。
なんや接待上手なんやんけ。

つまり、ぼんくらが接待で決めているだけなのである。
ぼんくらが悪いのか、接待するバカが悪いのかはこの際置いておこう。


さて映画だ。

糞進撃が何故公開されてしまったのか。
普通のキュレーターならどこかで中止だろこれ。

ぼんくら製作委員会と、
コミュ力が高いが実力の低い脚本家と監督が、
全員で火だるまになっているのだろう。


問題は、ぼんくらが金を持っていることである。

いずれぼんくらが全ての金庫の札束を燃やしてしまうだろう。



人生をどう生きるか、という問題でもある。
僕は、本当に面白い映画が見たいし、
いいデザインに囲まれたいし、いい建築のある世界にいたい。

コミュ力だけの糞イミテイターになるぐらいなら、
一人で自主製作をして完璧なものをつくり、
死後評価されたり、永遠に発見されないほうを選びたい。

今はコミュ力イミテイターがお金持ちになれる流れだ。
製作委員会という名のぼんくらが金を握っている。
人間社会の本質なのか、時代の一時的な流行かは、分からない。



ほんとの理想は、いいものを作ってヒットすることだけど。
とりあえずここでは、いいものの作り方を書いていくので、
コミュ力は別のところでつけてください。
両者は矛盾する力であると思うけど、
人間は矛盾する力を同居させられる、素晴らしい生き物でもあると思うよ。
posted by おおおかとしひこ at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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