2015年08月25日

僕は、正気を保つために創作をしているのである

少し深い話を。

何のために創作をするのだろうか?

お金が欲しいから?
有名になりたいから?


今、有名になるのは簡単だ。
コミュ能力がある人なら。
業界のサロンに入り、気に入られればいい。

人気キャバ嬢のようなホスピタリティがあれば、
バカなサロナーほどニコニコしてくれる。
そうやって取り入ってサロンに入れれば、
いずれ小さな仕事を回してくれる。
そつなく仕上げ、問題を起こさなければ、
サロン内での地位が上がり、
サロンの人が審査員をやる賞のコンペに出す機会が訪れる。
そこで賞を取れば、将来は安泰だ。
次々に(予算が)ビッグプロジェクトが舞い込み、
クリエイターとして注目され、
ブランド化していくだろう。

必要なのは、少しの才能と、
多くのコミュ力(後輩として可愛がられる力)だ。

女性クリエイターが増えた理由は、
サロンがオッサンだからだ。
女性クリエイターは皆美人だ。
不細工で才能のある女性は、気に入られないからサロンに入れない。
このかわいい子才能あるんだよ、
とサロンが推しやすい子から、売れていく。

男は、不細工過ぎなければ合格だ。
コジャレているとベストだ。


さて、あなたはこんなサロンに入りたいか?
身内で仕事を回し続け、賞をサロン化し、
対して良くもない無難な成果物を誉めあう、
サロンに入りたいか?

入りたいなら止めない。そこでぬるま湯に浸かるもよし、
牙を隠して本性を偽り、いつか牙を剥くタイミングを狙ってもいい。

僕は、そんなぬるま湯はまっぴらだ。
だって、おもしろいものを作ることがしたいのだから。

これまでの歴史を越える、おもしろいものを作りたい。
その為に創作というものはするのではないか。
どっかのパクりコピペやふんどしを借りるのは創作ではない。
オリジナルこそが創作であり、だから尊ばれるはずだ。


今、映画ベースの大衆芸術は死にかかっている。

磐石と思われたハリウッド映画はちょっと怪しい。
邦画はもうダメかも知れない。
テレビドラマは息をしてるのか?

僕は、サロンのせいのような気がしている。
サロンが自浄力をなくし、
生き残る為だけに若手を利用してきた結果だと思っている。

サロンのない業界はないかも知れないから、
これは単なる愚痴かも知れない。


何のために創作をするのだろうか?

有名になりたいから?
金が欲しいから?
それを満たすには、サロンに入るべきだ。
世間づきあいが上手い人が、
中途半端な実力で、スター扱いされるだろう。

何のために創作をするのだろうか?

僕は、おもしろいものを作りたいからだ。
色々な事情で妥協してしまうことなく、
こっちのほうがいい、あっちの方がいい、
と徹底的に詰めて練り尽くした、
ギリギリのおもしろいものを作りたいからだ。

それは、今や、サロン化した詰まらない、
エセ創作物に囲まれて、正気を失いそうになることへの、
唯一の抵抗である。

抵抗運動というのは、必然的にゲリラ戦術にならざるを得ない。
ゲリラ革命が成功するのは、大口のスポンサーがつくときと、
相場が決まっている。
それはそれで、また別原理のサロンに入ることなのかも知れない。



CMはもうダメだろう。デザインもダメかも知れない。
今良心的でおもしろいものは、誰もが注目しない、
細々とした所でみられるのかも知れない。
圧倒的物量で面白さを競いあう時代はいつの間にか終わり、
圧倒的物量だけを回すための、箸にも棒にも引っかからない、
詰まらないコンテンツが虚しく回り続けているだけだ。

邦画もそうなると思う。
シネコンは、圧倒的物量サロンを作って、
新しい才能の芽のでるステージを閉めてしまった。


僕は、正気を保つために創作をしている。
おもしろいってこういうことだよね?
と確認するために創作をしている。

てんぐ探偵がおもしろくないのなら、
既に僕は、気が狂っているのだろう。


創作は、人生と引き換えだ。
その覚悟がないのなら、
サロンに馴染んだほうが、
ぼんくらに羨ましがられる人生を送れるかも知れない。


おもしろいものを誰かが見つけ、
それが口コミで広がり、流行に火がつく、
という80年代から90年代にあったドリームは、
もうないのかも知れない。

それでも僕は、正気を保つために創作をするだろう。
おもしろいものを作ることが、クリエイターの人生だと思う。

つまり僕は、今の業界にわりと悲観的で絶望的である。
そうでもなければ、56話を一人で自主制作するのは狂気の沙汰だと思う。
俺が「孤高の人」になっちゃってるよ。


またどこかで、おもしろいものを作ります。
時代とずれてなかったりしたら、
局地的にヒットするかも知れません。



あなたは何のために創作をするのだろうか?
すぐに答えは出なくていい。
しかしいつかどこかで、答えを出すべきだ。
posted by おおおかとしひこ at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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