2015年10月05日

一気読みを何度もしよう

脚本は楽譜のようなものだ。
1ページが1分相当のフォーマットな訳だから、
それは小説のような尺と内容が関係ないものではなく、
尺と内容が直結した関係のものである。

音楽のようなもので、
始まったら終わるまで止まらない前提である。

にも関わらず、一気読みをあなたは何度やっただろう。
数える程度しかしてないのは、
おかしいよね?


一気読みと、部分でチェックして想像の中で総合することは、
まるで違う。

一気読みをすることでしか分からない、
スピード感覚、尺の感覚、想像力が及ぶ範囲の感覚、
などが存在する。

前半の伏線が後半に使われるときなどが分かりやすい。
忘れててもダメだし、露骨に覚えていてもダメだ。
それは全体の一気読みの感覚でしか、分からない。

全体で一気読みしてはじめて、
前半で言ってた台詞と後半で言ってた台詞が矛盾してることに、
気づいたりするものである。

特に筆を入れまくった脚本では、
一気読みしたときおかしなことが多数出てくる。

直しを部分的にやるからで、
一気読みしてやらないからだ。


必ず、一気読みをしよう。
声に出してもいい。


別のことで頭を空にしてからやること。

そうしないと、近視眼になってしまう。
二三日や一週間離れるのが肝心だ。
オススメは三ヶ月だけど、現実的ではないだろうね。



音楽や芝居は一気に演じられることが前提だから、
一気に演奏する練習を繰り返す。

脚本だってそうあるべきではないか。

大変だなんてのを嘆いても始まらない。
脚本は大変なのだ。


一気読みをしてないだろ、
と思われる糞脚本の例は、
たとえば実写進撃の巨人や、実写ガッチャマンがある。
もっとも、進撃は現場で脚本が変わったらしいけど。

現場で脚本を変える?
あほか。
変えたら問題が出るぐらい、ちゃんと面白い脚本書けや。


一気読みをしよう。

一気に見るものが、
何度も何度も一気読みでチェックされてないなんて、
あり得ないぜ。
posted by おおおかとしひこ at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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