たとえば、傑作「ハスラー2」。
(以下ネタバレ)
ハスラー2は、ビリヤード(9ボール)のルールを知らなくても楽しめる。
何故なら、最も凄い駆け引きは、
「どうでもいい試合をわざと負けて、
本当に勝ちたい勝負の為に油断させる」
という、
自分の教えた手を、
土壇場で弟子(トム・クルーズ)にやられる所だからだ。
勿論、9ボールのルールを知っていればある程度楽しめるのかも知れないが、
あれが将棋だったとしても、
駆け引きの面白さは変わらない。
そこがこの映画の凄いところだ。
ロッキーの素晴らしさは、
ボクシングでなくても成立するところだ。
たとえばマラソンだったとしても、
同じ物語は書ける。
ただ、最後まで立っているという絵の分かりやすさや、
貧乏人のガテンスポーツということから、
ボクシングが最適なのはあるけど。
つまり。
大事なのは、ビリヤードでもボクシングでもない。
人間の判断や決断や選択や結果だ。
それが物語だ。
野球はドラマだなんてコピーがあるけど、
ドラマは野球でもビリヤードでもボクシングでもなく、
人間なのだ。
野球やビリヤードやボクシングは、触媒に過ぎない。
いわばお楽しみポイントのネタなのだ。
「はじまりのうた」の欠点は、
人間ではなく、音楽(主題歌)に帰結してしまった。
だからいまいちなのだ。
あなたの書く物語は、
人間に戻ってきているか?
ネタに流され、ネタに乗っかって、
何かをなした気になっていないか?
ネタ(ビリヤードやボクシングや音楽)を使って、
本当の現実(老若の駆け引き、男の誇り、?)を戯画化する。
それがフィクションである。
ハスラー2を見よう。
僕は80年代プールバーブームが鼻についてたのでずっと敬遠してた映画で、
そのバブルとはなんの関係もない映画だったと最近知った。
最高傑作の一本だぜ。
あ、ハスラー、ハスラー2と連続で見るともっといいよ。
2015年10月16日
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