2015年10月16日

現実とフィクションの話、つづき

たとえば、傑作「ハスラー2」。

(以下ネタバレ)




ハスラー2は、ビリヤード(9ボール)のルールを知らなくても楽しめる。

何故なら、最も凄い駆け引きは、
「どうでもいい試合をわざと負けて、
本当に勝ちたい勝負の為に油断させる」
という、
自分の教えた手を、
土壇場で弟子(トム・クルーズ)にやられる所だからだ。

勿論、9ボールのルールを知っていればある程度楽しめるのかも知れないが、
あれが将棋だったとしても、
駆け引きの面白さは変わらない。
そこがこの映画の凄いところだ。

ロッキーの素晴らしさは、
ボクシングでなくても成立するところだ。
たとえばマラソンだったとしても、
同じ物語は書ける。
ただ、最後まで立っているという絵の分かりやすさや、
貧乏人のガテンスポーツということから、
ボクシングが最適なのはあるけど。


つまり。

大事なのは、ビリヤードでもボクシングでもない。
人間の判断や決断や選択や結果だ。

それが物語だ。

野球はドラマだなんてコピーがあるけど、
ドラマは野球でもビリヤードでもボクシングでもなく、
人間なのだ。

野球やビリヤードやボクシングは、触媒に過ぎない。
いわばお楽しみポイントのネタなのだ。



「はじまりのうた」の欠点は、
人間ではなく、音楽(主題歌)に帰結してしまった。
だからいまいちなのだ。


あなたの書く物語は、
人間に戻ってきているか?

ネタに流され、ネタに乗っかって、
何かをなした気になっていないか?


ネタ(ビリヤードやボクシングや音楽)を使って、
本当の現実(老若の駆け引き、男の誇り、?)を戯画化する。
それがフィクションである。

ハスラー2を見よう。
僕は80年代プールバーブームが鼻についてたのでずっと敬遠してた映画で、
そのバブルとはなんの関係もない映画だったと最近知った。
最高傑作の一本だぜ。
あ、ハスラー、ハスラー2と連続で見るともっといいよ。
posted by おおおかとしひこ at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック