段取りのあるものは、時々逆順のトレーニングをするとよい。
最後の段階から最初の段階にさかのぼるのだ。
最初の段階で、何を意識して前準備するべきかが、
よくわかる。
脚本の場合。
まず執筆をしよう。
プロットも立てず、設定もしなくていい。
原稿用紙5枚程度の、5分のシナリオを、
いきなり終わりまで書くこと。
それが出来なきゃ、この逆順のトレーニングは出来ない。
無理矢理でいいから、あまり面白くなくていいから、
練習だと思って、終わりまで書いてみよう。
次に、
この話のプロットを、原稿用紙一枚程度に書いてみよう。
既に話はあるのだから、冒頭からラストまできちんと書けるはずだ。
次に、ログラインを書いてみよう。
一行から数行に、この話をまとめるのである。
このあたりで、テーマ的なものがあれば書いてみよう。
さらに、
どういう発想を最初にすれば、
この話が最後まで書けるかを、
発想メモのような形にしてみよう。
最後に、
オリジナリティのあるアイデアを、
一個に絞って書き出そう。
通常のシナリオの手順は、
何かのアイデアが閃いて、
発想メモをぐにゃぐにゃと書くうちに、
なんとなく話の形になってくる。
テーマやログラインの形にして話の全体像を俯瞰し、
プロットの形にすることで話の骨格を何パターンか試行錯誤する。
(ここと執筆の間には、
設定やキャラを詰めたり、調べものをしたりという細かい段取りが入るけど、
5分シナリオでは不要なので省略)
で、執筆に入る。
一点のスパークからはじまった生命が、
わらわらと進化して、
次第に自己組織化して、
最終進化型になるイメージを、
逆順に辿るのである。
ログラインやプロットが、どういうものかよく分からない人、
うまく書けない人、その段階で止まってしまって結局書けない人は、
そんなもんすっ飛ばして、
5分シナリオを書いてしまうことをおすすめする。
ログラインやプロットなんて、必ず必要なわけではない。
一気に最後まで書けるのなら不要だ。
ただ最後まで書くのは物凄い負担だから、
補助線のように、発想メモやログラインやプロットやボードという道具があるだけなのだ。
逆に、最後まで書いた経験が豊富でないと、
前段階の仕込みに何をしておけばよく、
何をしておかなくてよいか、判断出来ないと思う。
料理の仕込みと同様である。
基本は包丁だ、なんて言うけれど、
包丁だけを三年やったって、
最後の味つけがしやすいように包丁を入れるには、
逆算で包丁を入れなければならないことは学べない。
シンプルな料理を最後まで作ることで、
後半の作業と前半の作業の関係を学ぶことは、
非常に大事だと思う。
(料理人なら周りの人が何をやっているか見ながら学ぶことが出来るけど、
シナリオは一人で勉強が圧倒的に多いだろうし)
ログラインやプロットが上手く出来たって、
最後まで書けなかったり、
執筆が下手ならなんの意味もない。
設定やキャラが魅力的でも、
最後まで書けなかったら、なんの意味もない。
あなたは、まず最後まで書いて、
前段階の仕込みで必要なことを学ぶべきである。
本当は二時間シナリオをぶっつけ本番で書くべきだけど、
まず最後まで書けないので、やらなくてもいい。
若いうちは突っ走ることも大事だけどね。
(僕が中学生や高校生のころは、文化祭のたびに、
いきなり30分ぐらいのシナリオを書いたものだ。
大学生の頃、ばっと思いついて、一晩のうちに60分シナリオをぶっつけ本番で書いた。
それは中々の名作で、まだ蔵で暖めているけど)
あるいは、一度二時間シナリオを挫折して、
どうすればいいのかを模索してもいい。
自分のなかに「何故?」と問う動機がないと、
勉強なんて何も面白くないからね。
2015年11月04日
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