2015年11月05日

物語は、麻薬みたいなもの

人生には、いいときと悪いときがある。

高揚感に溢れ、何をやっても上手くいくときと、
落ち込んでどうしようもなく回らないときを、
行き来するものだ。

人生の基準を「普通」の時に設定すれば、
いいことも悪いこともあるさ、
と考えることが出来るのだが、
調子良かったときを基準にしてしまうと、
殆どの時間、「自分は全盛期から足りない」という思いを味わうことになる。

いつを基準にするかで、自分の人生をどう認識するかが相対的に変わってくる。


さて、物語だ。

物語というものは、
高揚感に溢れ、前のめりで、
ラッセル車のように展開を切り開き、
怒濤のような流れの末に、
神に出会ったようなカタルシスを与えなければならない。

つまり、人生のなかでピークの状態のようなものを、
味あわせなければならない。


だから人は物語を欲するのだ。

ピークでない状態の人達が、
ピークの状態を見て何かを解消するのである。


これは最早ソフトな麻薬である。
アッパーの高揚感を疑似体験する、
合法的な麻薬である。

中毒症状もある。ハマるというやつだ。
禁断症状もある。しばらく映画や漫画を見てないと、見たくてしょうがない。
また、どんどん不感症になって、強い刺激でないと効かなくなってくる。

何も起こらない詰まらない日常から、
麻薬的な高揚感の非日常へ、
あなたはトリップをさせなければならない。


あなたの作中の、高揚感に溢れる所はどこか。
(単純なオレツエー以外の所がいい。
オレツエーは単純な全能感であり、
そんなものはコロコロコミックにも書いてある、
幼児向けの麻薬であるからだ)

物語全体が進む面白さはどこか。
主人公がこれまでの敗北から逆転し、
これまでの伏線がひとつに束ねられて、
世界の支配権を握るのはどこか。
そして全ての問題が、鮮やかに、見事に解決する、
オリジナリティ溢れるカタルシスの瞬間は。

あなたは、物語という麻薬を作るのだ。
どんな凄い魔力を作っても逮捕されない、
合法の麻薬をだ。
(社会的タブーに抵触すると、禁書扱いされるけど、
それさえしなければ合法だ。
たとえばディズニーは注意深くつくられた、合法麻薬だ)


それは悪魔に魂を売らないと出来ない?
いやいや、簡単だよ。
人間の業を深く理解し、
人間の社会を深く理解し、
奇抜な発想をひとつだけ思いつけば、
あとはコツコツ作るだけでいい。

悪魔に魂を売るのは、一足飛びに作ろうとするからであり、
十年かけて身長分原稿用紙を書き潰して鍛練すれば、
誰にでも出来るようになるよ。



あなたは、大人向けの麻薬を作っている。
それは、その作品でしか味わえない、
オリジナルの高揚感のことである。
posted by おおおかとしひこ at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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