2015年11月20日

秘密の共有

ラブストーリーには、大抵ある要素。

誰にも言っていなかった過去の秘密を、言い合うこと。
人と人が仲良くなるには、こういう魔法のかけ方がある。

分かりやすい例はディズニー「塔の上のラプンツェル」
のミッドポイントあたりに見ることができる。
かなり唐突だからだ。
分かっていても、なんだか感情移入してしまうものである。
外に向けている面と内に秘めたもののギャップ、
というギャップ効果もある。


ことはラブストーリーに限らない。

たとえば少年たちの秘密基地や、
親に黙って死体を探しにいくことは、
それ自体が秘密の共有だ。
(スタンドバイミー)

「盗んだバイクで走り出す」のは、
主人公と観客の間の秘密の共有だ。
その世界の他の人は、そのバイクが盗難車かどうか知らない。
つまり、
主人公と我々は秘密を共有して、
少し主人公と仲良くなっている。
結果的に、尾崎豊が好きになる。


秘密の共有は、大抵悪いことが多い。
誰にも言っていなかったこと、
ということだからだ。
(逆に、スタンドバイミーでは、
白い鹿を見た、いいことは、
友達の誰にも言っていない。
主人公と観客の間の秘密の共有だ。
その直前、給食費を盗んだのは教師だ、
という悪の秘密の暴露があるのと対称的である)

俺はワルだった自慢は、この変形かも知れない。
秘密の共有をして仲良くなろうとしているのが、
単にドン引きされている、滑っているだけなのだ。
女子の皆さん、男子が俺はワルだった自慢をはじめたら、
その男子はあなたと仲良くなろうとしているのですよ。



さて本題。
これは前記事から続いている。
秘密の共有は、過去の因縁のネタバラシでもあるからだ。
過去の事実が重要なのではない。
それを知ってから、これから何をするかが重要なのだ。

ラプンツェルでも、過去の秘密の共有をしたあとは、
恋に落ちる。
恋が重要なのであって、秘密が重要ではないのだ。

勿論、短くて気の利いた過去の秘密を創作することは、
それなりに実力が必要だ。
問題は、我々作者が、現在を描くプレッシャーに負けて、
過去の方をメインにしがちなことである。

スターウォーズはその典型で、
ルークの話より、
ダースベイダーの過去のほうが面白くなってしまった。
が、いざベイダーの過去を作ったら、
たいして面白くなかった。
今度公開の789は、どちらでもないから、
ようやく続編を見る機会が来たというものだ。
ルーカスはストーリーテラーとしては二流だ。
我々はルークにこそ感情移入したいのに、
ヨーダやハンソロなどに感情移入してしまうからだ。
(これは車田正美をはじめとする、
ジャンプ型ストーリーの欠点だと僕は考えている。
主人公後退論と風魔に関しては、監督メモ参照)

明かされる衝撃の過去、俺はお前の父だ、によって、
話は大きく動く。
しかしそれを知ってルークがすることよりも、
その衝撃の過去に、ルーカスはとらわれてしまった。
だからスターウォーズ6部作は、面白くないのである。


秘密の共有は、過去の暴露でもある。
スパイスに使うこと。
スパイスは主食ではない。
posted by おおおかとしひこ at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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