また極論してみる。
全ての物語は、ふたつにわかれる。
何かを得る話か、
何かを失う話だ。
前者をハッピーエンドといい、
後者を非ハッピーエンドという。
(バッドエンドは、非ハッピーエンドの中でも最悪のもののひとつで、
全てがバッドエンドではないため、非ハッピーエンドと大くくりにする)
何かを得る話は、
主人公が何かをした結果何かを得る。
それは強い因果関係で結ばれる場合もあるし、
ひょんなことから得る話もある。
最初からそれを得たいと思って得る話もあるし、
違うものを得る話もある。
何かを得たらハッピーエンドだ。
喜び、達成感や充実感、自己肯定感やポジティブさ、
学びや気づきが残る。
ハリウッド映画の殆どは、この方法論だ。
何かを失う話は、
主人公が何かをした結果、あるいは何もしない結果、
何かを失う。
強い因果関係もあるし、理不尽な場合もある。
何かを得ようとして結果失う話もあるし、
得ようとすることと関係なく失う話もある。
何かを失うと、嘆きや哀しみや、
世界とはこのようなものだという諦め(無常観)が支配する。
あるいは失う前の輝きは美しかったというノスタルジーか。
実は日本の話は、後者ではないかと思う。
伝統的物語や演歌の世界だ。
ヨーロッパにも、こういう文化があると思う。
だから日本やヨーロッパの映画は、
基本暗く、静謐で、後ろ向きではないかと思う。
恋の歌にも二種類ある。
恋って素敵!世界は幸せ!という恋が成就しているときの歌と、
失恋か恋の辛さの歌である。
どちらが多いか統計を取ってないので分からないが、
演歌や万葉集は、後者が圧倒的に多い気がする。
どちらが真実でもないと思う。
世界は素敵でもあるし、
世界は悲しくもあると思う。
どちらもあり得ることが、世界を健康に保つと思う。
ハリウッド映画ばかり見ていると、
時々暗い話が見たくなる。
なんだか幼稚なバカばっかりな気がして、
大人の思考の入ったヨーロッパの作品などを見たくなる。
アメリカの映画館は、当然だけど100%ハリウッド映画で、
他の国の映画は、アートシアターなる、マイナーな施設へ行かないと見れない。
それはそれでアメリカ人の思考は大丈夫か、とも思うけど。
ポジティブなハイカロリーも、
ネガティブな沈鬱も、
人間にはどちらもある。
また、
何かを得た代わりに何かを失ったり、
何かを失ってはじめて何かを得る話もある。
(代償とか、交換条件とか。それが因果があるにせよ偶然にせよ)
ビターエンドは、何かを得ることと失うことが、
丁度半々ぐらいのものを言うのだと思う。
さて。
どちらが優れるかは議論しない。
ただ、こんなハッピーエンドがあるよ!
というものはシェアしやすく、広まりやすい。
何かを失う話は、受けとる人を選ぶから、
勧める人も慎重に、これいいよと言わざるを得ない。
このスピードや気軽さの差があって、
世の中はハッピーエンドの話が溢れ、残り、普及する。
バカみたいなハッピーエンドにしなくていい。
王道ベタでやらなければならないわけではない。
何かを失ったとしても、
それ以上の何かを得る話なら、
それはハッピーエンドである。
ただ何かを得る話よりも、
僕はそちらのほうが、文学ではないかと、思っている。
あなたは、
何かを得る話を書くのか?
何かを失う話を書くのか?
そしてそれは何か?
そのモチーフが示す意味が、多分テーマに直接関係すると思う。
恐らくだけど、
我々は、この世界が因果関係に満ちていると信じたい。
神様の存在もそのひとつではないかと思う。
だから、理不尽な落ちは詰まらない。
因果関係ではないからだ。
「因果関係を読み取ること」が、読解なのではないかなあ。
因果関係の結果、あるものを得たり失ったりする。
その因果関係が、テーマになるのではないだろうか。
テーマが感じられない作品は、
その因果関係が読み取れない、あるいは、因果関係が弱くて、
全体がぼんやりしているようなお話ではないだろうか?
なんで?と疑問符がつくのは、つまり因果関係が弱いのである。
何かを得る話も、
何かを失う話も、
我々は等しく楽しみ、味わうものである。
それはそれにまつわる感情を、理解しているからだ。
(歳を取ると、得るより失う方が多いかも知れないね)
そしてその感情の奥にある、
因果関係を理解しているからである。
あなたの主人公は、
何かを得るのか?
何かを失うのか?
そこから、自分の物語の本質を分析できるかも知れない。
2015年11月28日
この記事へのトラックバック
いつも更新ありがとうございます。
昨日のハッピーエンドに関する記事を読んだ時、落語「鰻の幇間」は何エンドなのだろう?という疑問が浮かび、質問しようかと思ったのですが、先に答えを書かれてしまいましたね(笑)
落語などのコメディでは、「何かを失うことによる滑稽さ」がよく描かれるような気がします。
「鰻の幇間」は詐欺にあってお金を取られる話なので、「失う話」ですね。
偶然にも疑問を解消していただきましたので、コメントさせていただきました。
これからも頑張ってください。
それでは、失礼いたします。
ケルベロス