2015年12月16日

批評体系や技術体系が整ったら、そのジャンルは終わるのではないか?

ちょっと極論だけどね。

小説や演劇は、そういう意味で終わっている。
終わっているというのは、熱狂的に、爆発的に、
大衆に支持されないという意味で。
テレビも映画も、その入り口に入ったのか?
コンシューマーゲームはとっくにそうなってるんだっけ。
音楽はどうだ?
会えるアイドル商売もそろそろかな。

従来の批評体系や技術体系で見積もれないことを、
「新しいこと」という。
ただ新しいだけじゃなくて、新しい面白いことじゃないとダメだ。

新しくて面白いことは、
新しい批評体系や技術体系をも生むものでなければならない。
つまりは賛否両論どころか、
ざわざわした熱狂だけがあるようなものだ。
批評や分析の追いつかない、
こいつらはすげえ、というものだけが、
時代を熱狂的に変えていく。
(昔の経験で言えば、深夜番組「夢で会えたら」とか、
映画「ムトゥ踊るマハラジャ」とか)


ルールに縛られるな。
ルールを越えるものをつくれ。
(ルールに縛られない、新しいがさして面白くないものよりも、
ルール通りに作った面白いもののほうが、
今流通にはのりやすい)
posted by おおおかとしひこ at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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