2016年01月08日

映画における、モチーフ、コンセプト、テーマ3

ということで、映画を見た人の、
よくあるすれ違いをシミュレーションしてみよう。

「キャプテンウルフ」を見た人たちの反応。


A:すごく面白かった!
B:そうかな。地味な映画だったよ。
C:笑えたが、傑作という訳じゃない。
A:なんで?おしめは爆笑だし、ヴィンディーゼルもかっこ良かった!
B:俺あのハゲ嫌い。最初のアクションしか良くなかった。
C:そこは設定的な面白さでしかないじゃん。
B:難しいこと言うなよ。映画ってのはボカーンとかドーンだろ。
ヴィンディーゼル使ってるのがもったいねえよ!
A:わざと逆をやってるのが面白いんじゃない。
C:逆は良かったよ。そこは最高。しかし、それだけだったねえ。
A:そこが良ければいいじゃない!
C:逆に言うとそれだけなんだよなあ。
AB:Cくんの話、面白くない。
C:そうかな。映画は複合芸術なんだから、部分点があった、という話はして当然でしょ。
A:全米大ヒットだから、受け入れられたってこと。
B:アメリカのコメディはやっぱあわねえ。
C:やっぱアメリカ人、バカだな。

これまでの議論を分かっていれば、三人はこう表現できる。

Aはコンセプトを面白いと誉め、モチーフを個人的に誉めている。
Bはモチーフしか見ておらず、モチーフの持つ潜在的物語の不足に嘆いている。
Cはきちんと全てを把握しているが、テーマの話をこの二人とすることを諦めている。

Aは映画の面白さが分かっている映画ファン、
Bは映画の表面しか興味のないにわか、
Cは作る側の人間だろう。

認識が違うと話が成り立たないのだ。


で、個人的感想の違いだとか、
興業成績は正義だとか、
つまり安易な結論に結び付き、
「アメリカのコメディは日本で配給してもヒットしない」
なんていう都市伝説紛いのジンクスで終わってしまうのだ。

これが市井の会話ならどうでもいいが、
これが製作者であるべき、プロデューサー同士の会話だったりすることに、
僕は不満と不安を感じるのである。

プロデューサーは会社員だ。
だから会社員の成果評価をうける。
つまりは興業成績だ。
映画文化を作ったことは評価されないし、
映画文化を破壊したことも減点されない。
時流に乗れる馬鹿でも出世する仕組みが、
映画プロデューサーの最大の問題点だと僕は考えている。

勿論、その仕組みに自覚的な人も沢山いて、
会社は会社、俺は俺と考える人もいて、
僕はそういう人と付き合ってきたつもりだ。
だが興業成績がふるわなけりゃ、別の部署に飛ばされるのも会社という仕組みだったりする。
(そもそも日本の会社組織が、映画を作る仕組みに向いてないのでは、
と僕は何となく思っているのだが、ここではこれ以上突っ込まない)


これを読んでいる人で、プロの書き手になりたい人がどれくらいいるか分からないが、
「プロデューサーや編集が育ててくれる」という幻想は捨てよう。
的確に批評し、欠点を直し、長所を伸ばすような、
スポーツのコーチのような人は、
いないと期待することだ。
(希にいるかも知れないが、その時はその人に感謝しよう)
何故なら、スポーツはある種の理想型があって、
それとの違いを現状分析すればよいからであり、
映画というものは、理想型が毎回違うものだからである。
スポーツのコーチは、いわば何種類かある型に嵌めることは出来るが、
今までの型にない型破りを養成することは出来ない。
そしてクリエイティブとは、
型破りを作るのが仕事であるからである。

つまり、型破りをするときに、
最初から完璧なものが出来るのなら問題ないが、
そこに至らないものを更に良くするには、
自力判断自力手術しかないのである。


Cのような人が分析するのと、
Aのような人が分析するのと、
Bのような人が分析するでは、
アドバイスや改稿方針がまるで変わってしまう。
Cならば、テーマを深くやった方がいいと言うし、
Aならば、誉めるだけで特にアドバイスはないだろうし、
Bならば、笑いを減らしてアクションを増やせと言うだろう。

面白い面白くないは、最終的には個人の問題だが、
短絡的にその結論に行く前に、
どこがどう面白くて、
どこがどう面白くないかを、
客観的描像にしない限りは、分析など出来ないし、
他人と共有出来ないものだ。

そして残念ながら、
これらの面白さの体系的分析理論は、ない。


ないからこそ、
誤用混同されている、
モチーフ、コンセプト、テーマ、主題、作者の主張、
などの言葉を、ひとつひとつ定義して、
それらの関係性を明らかにしようとしているのである。


と、いうことで、
これが標準だと言うつもりもない。
僕の近くではこういう感じ、でしかないので、
別の世界にいくと違ったりするかもだ。



あなたの話の、
モチーフの面白さは何か?
コンセプトの面白さは何か?
テーマの面白さは何か?
そしてそれらは、一見全部違ってて、全て見事に連動しているか?
必然性があり、自然に導けたり、驚きがあるものか?
最終的に三位一体になるか?
つまり同じものの全く違う姿か?

そのようにリライトしてゆけば、傑作になるだろう。
posted by おおおかとしひこ at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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