2016年01月24日

萌えとか好きという感情は、変化に弱い

更に続き。

萌えとか好きという感情は、変化に弱いのではないか?
成長や劣化で消える。
心変わりしたら消える。
永遠に変わらないものが好き。

だとすると、二次創作と物語は、
極論すると真逆だ。


二次創作は、そのキャラや設定が、
好きだからやるのだ。

その好きという感情は、
変化しないものへの感情なのだ。
勿論、過去からの変遷などの線はあるが、
今後、現状から変わってしまうことは、
二次創作では普通描かない。

腕一本失ったりハゲたり皺が増えたり、
ツルペタの胸が増えたり、デブになったりなどの外見的変化や、
好きな人が変わったとか、
人生の優先度が変わったかとかなどの、
内面の変化もしてはならないのである。

何故なら、萌えや好きは、変化しないものへの感情だからだ。

永遠の愛を捧げる、という言葉が既に、
変化しては愛ではない、という意味ですらある。



さて、
二次創作は、変化しないものへの変化しない愛情だ。
だから点であり円環だ。

物語は、線であり永遠の変化である。
愛も萌えも、生まれたり消えたりする。
そして最後に変化しなくなったとき、終わる。

だから、二次創作と一次創作は、真逆の別物なのだ。


浮気したら、彼女は去って行く。
愛情が変化したからだ。
浮気をせずに愛し続けることが、
二次創作であり萌えである。
浮気や、去って行くのが、物語である。

萌えや好きは、ループによる停止かも知れない。
だから永遠に燃える情熱なのかも知れない。
劣化して行く三次を愛するより二次を愛するということは、
変化の拒否なのかも知れないね。


あなたは、誰を愛しているのか?
変化しても、愛せるか?

物語が愛されるのは、
終わったあと、もう変化しない状態で、
愛されているのかもだ。
posted by おおおかとしひこ at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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