2016年02月08日

あなたの話のピークはどこか

解決の瞬間、と書いてきたのだが、
もう少し前倒すパターンもあり得ることに気づいた。
「主人公の心が変化する瞬間」である。


昔のタバコ(マイルドセブン?)のCMで、
「It's magic moment」なんてのがあったねえ。
何かがきっかけで(この場合は素晴らしい煙草を吸うこと)、
主人公の心が変化する。

他からの影響で変化するのがメアリースー、
自分からしたことによって、新しい経験を積んだことによる、
人生観の変化を描くのが映画的な物語だ。

(だからCMで描かれるのは、
他人、すなわち商品からの良い影響という、
メアリースーばかりである。
CMの言うことを真に受けていたらバカになる、
とはそういうことだ。受動的影響ばかり期待する、
餌待ちの雛と同じになるからだ。
そういう奴らは一生口を開けて待ってればいいのだ)


その変化の瞬間は、物語のどの辺にあるのだろう。
後半なのは間違いない。

変化前の前提、
世界の設定、事件の勃発、
解決への主体的参加、
解決への試行錯誤をやるのが前半戦で、
解決への過程で、
変化前の内的問題に向き合い、
それを何らかの手段で克服しないと前に進めないという自覚
(主人公自身の、あるいは観客だけが)、
その克服の過程の同時進行、
などが後半戦に来る。

とすれば、それらをやったあとに、
ようやく変化が訪れるはずである。

変化はどう来るのか。突然か。
来るべきときに自然に来るのか。
数シーンかけて変化していくのか、一瞬か。
ハッとなるのか、行動で示すのか。
ドラマチックなのか、静かな瞬間なのか。
物語によって色々あるだろう。

いずれにせよ、主人公は、
これまででは考えられなかったことを、
したり言ったりする。
それは、自分でしたことで起こったことから、
何か影響を受けたからである。
(学び、気づき、理解、悟り、誤解の解消、目から鱗、
偏見の除去、そういうことだったのか、
俺ってなんてバカだったんだ、などなど)

それは人生を180度変える瞬間だ。


ボトムポイントから第二ターニングポイントまでの当たりにある映画が多い。
(ロッキーで言えば、第二ターニングポイント直前、
試合前の会場を下見に行くシーンだ。
ここで自分を再確認せざるを得ないのだ)
この場合、第二ターニングポイントは、勝利条件の確認になる。
それを実際に実行するのが成功するのか?
が、三幕での焦点になるだろう。

変化の瞬間は、クライマックスの解決の瞬間、のパターンもある。
ロッキーでは、むしろ上のものと、
クライマックスの解決の瞬間が、係り結びになっているとも言える。

単に事件が解決しただけでなく、
主人公の心の中の人生観が変化したことを示すから、
映画というのは面白いのである。
(むしろ主人公の心の変化という視点では、
事件の解決をダシに使っているのである)

単に事件を解決するだけでは、
ただの新聞記事だ。
単に主人公の心が変化するだけでは、
セミナーやカウンセリングだ。

主人公が事件を自力解決(協力者はいるとして)したとき、
自分の心がその経験から変化する、
という、人生において最も尊い瞬間を描くから、
映画は文学なのである。


小学生の作文、
「そうじをがんばったら、きれいになったので、
きれいなのは大事だと思いました」
は、その本質を踏まえている。
それの、それ以上を作ればよいのである。
posted by おおおかとしひこ at 07:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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