2016年02月18日

芸術は人を救うか?

どうして創作をするのだろう。
映画にとどまらなくともよい。
絵を描く、音楽を作る、芝居をやる、立体物を作る、文を書く。
それでどうするのだろう。いや、どうもこうもない。
本人には分かっている。
ただ内なる衝動に従っているだけだ。

ところが、受け手側から見てみると、
その衝動などどうでもいいということが分かる。


芸術は人を救う、とよく言う。
芸術は、と考えると難しいから、個別に考えると分かりやすい。

映画で癒された、辛い毎日がちょっと楽になった、
影響されて真似をし、世界を変えられるような錯覚を持った、
何かあるとそれを見て、また頑張ろうと思う。

映画の所に、
絵やイラスト、音楽、演劇、音楽劇、小説、エッセイ、詩(歌詞を含む)、
彫刻や建築や空間、
などなどを代入することも可能だ。

受け手が癒しを求めて芸術を求めるかどうかは不明だが、
結果に関しては、明らかだ。
人は、芸術に癒される。
優れた芸術は、人を癒す。

そこにある種の理想的世界があるからかも知れない。
現実離れしようが、現実に酷似していようが。


言葉を変えて言うと、
人は芸術を楽しむとき、なるべくその世界にどっぷり浸かる。
ケータイを切り、闇に身を浸し、邪魔を断ち切る。
観賞後もその世界に心が行ったままである。
(脳科学の治験によれば、小説読了後、
ほっておいても三日は脳内で神経が興奮しているらしい)
その、「どっぷり浸かる」ことが、
人を癒したり、救うための条件かも知れない。



あなたは何故その世界を作るのか?
まずは自分がどっぷり浸かるためだ。

その浸かりっぷりが、
汎用性が高いとか、みんなが浸かりやすいとか、
ある種の人種やクラスタが浸かりやすいとかが、
メジャーブレイクやハマリを引き起こし、
リピーターを増やし、
社会現象に至るのである。

芸術は人を救う。
どうやってか?
世界にどっぷり浸からせることで。
(サイバラは、「パチクロ」で、うまい絵の人からは、
風が吹く、というような言い方をした。
絵があるのではなく、窓があって別世界があるという感覚なのだろう)

あなたはそんな、
みんな(日本中の、世界中の)が、
浸かってて楽しい、
特殊で、特異で、個人的で、しかも世界に通用する、
世界を作るのである。
posted by おおおかとしひこ at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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