2016年03月10日

写真屋の「顎引いて」は信用するな

記念写真とか証明写真で、これを言われた人、多いよね。
で、出来上がった写真見てさ、
二重顎ぎみになって変な表情でショック受けた人、多いよね。
ほんとの私はこうなのかなと。

これは、指示が間違っているのである。

正しい指示は、「ちゃんと座って、背筋を伸ばして」なのだ。



実は、椅子の座り方が悪いのだ。
普通に真ん中に座って背筋を伸ばすのが正解。

背筋が伸びてないと、
ゴリラみたいに顔が前に出る。
すると顎が上がる(顔の面がやや上を向いてバランスを取る為)。

この状態で顎を引くと、体の姿勢に無理をさせることになる。
上目遣いになるし。
これが変な緊張を誘発し、
二重顎まで顎を引いたり、変な緊張した顔になるのである。

つまり、
顎という先端が間違っているのではなく、
姿勢という根本が間違っている。


写真屋は、フレームの中しか見てないから、
目先で一番目立つ顎しか分からない。
間違っているのはフレームの中ではなく、
フレームの外の姿勢だ。


人間は、姿勢で気持ちが変わる生き物だ。
ゴリラみたいな姿勢の悪さで、無理矢理顎を引かされて、
魅力的な表情になるはずがない。
すっと背筋を伸ばして、正しく前を見たら、
誰だって清々しい表情になるに決まっている。

「顎引いて」という写真屋を信用するな。
そいつは下手だ。
人間というものを分かっていない。


これは、お芝居全てに通じることである。

お芝居をちゃんとやらせようとしたら、
それをしやすい環境に、
正しい姿勢で置くのが一番なのだ。

お芝居は無理矢理嘘をつくことではなく、
自然にそうしてしまうようにすることだ。


NHK「娘の出ていった部屋」において、
娘役の葵わかなの表情が輝く瞬間がある。
「その子はきっと東京に行ったのよ!
自分の可能性を試しにね」という肝の台詞を言うときだ。
巣だった鳥と自分を重ねた言葉である。

この時の「姿勢」に皆さん気づいたろうか。
クッションに座る、という姿勢変化を使っているのである。
それまでの立ち芝居から、リラックスした瞬間の、
表情の変化を狙ったのだ。

これは偶然ではない。
文脈に応じて、前半は立ち芝居で不安定さを、
後半はリラックスして生き生きした台詞を言うように、
暗に誘導しているのである。

それがしやすい場をつくるのが、
実は演出の、一番の仕事だ。
「それ」という表現意図(この場合、リラックスして輝くこと)
を決めて、それに環境から作ることである。

つまり僕の仕事は、
「最初に高い段ボールを積んでおき、
真ん中にクッションを置いておくこと」なのだ。

「ここで、リラックスして輝いた表情で、生き生きと台詞を言って!」
というのは、「顎を引いて」という下手な写真屋と同じだ。
「クッションに座って」と一言いうだけで、
「背筋を伸ばして」と一言いうだけで、
正しい表情を導き出すのが上等なやり方である。


ちなみにこれは、順目のやり方だ。
わざとやりにくいやり方、逆目で引き出す方法もある。
たとえば「この会話は、母との最後の会話。このあと交通事故で母は死ぬ」と、
こっそり彼女に耳打ちするなどだ。
そうすれば、必死で一番いい表情をするだろう。
そういう追い込まれ方が好きな女優もいるけど、
今回は初めて会う女優だったので、余裕のある順目でやってみた。

ドラマ風魔では、わりと逆目の追い込み方をしたな。
最終回の小次郎の重要な長い台詞をワンカットで撮ったのは、その典型だ。
(その為周囲のリアクション撮り忘れた話はしたよね)


さあ。
あなたの書く脚本は、
「顎を引いて」なんて馬鹿な指示を書いてやしないか?
そんなものいらないし、
あっても俺は消す。

(いつだったかなあ。「怒りに拳が震える」なんて下手な指示を見たな。
その為にワンカット拳のアップ撮んなきゃいけないの?あほか、
って思ったなあ)
posted by おおおかとしひこ at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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