長いものであればあるほど、
これが起こる。
もうすぐ終わるはずなのに、
急にこれ以上書きたくなくなる衝動だ。
あとちょっとで終わるのに、
苦労してここまで来たのにだ。
それは多分、作品世界を愛してしまったからではないかと思う。
だって最後まで書けば、
その世界とお別れしなきゃならないからだ。
苦しみとともに最後まで来れば来るほど、
名残惜しいというものだ。
それはたとえば、卒業式が来てほしくない、
二月とか三月に、似ていると思う。
僕は7年ほど大学生を京都でしていたが、
あれほど望んだプロの世界へ飛び込むチケットを手にしたというのに、
大学の卒業式が来るのが嫌だった。
結局出なかった。
ドラマ風魔の最終回の撮影でも、
編集でも、MA(最後の仕上げ行程の音調整)でも、
ずっとこの世界にいたくてしょうがなかった。
愛した世界と、別れるのが辛かったのだと思う。
卒業式忌避症候群、とでも名付けてみよう。
せっかく苦労して完結寸前まで来たのに、
いや、苦労したからこそ完結を嫌がる心理。
それはとても良くわかる。
手をつけるのが億劫で、
終わるのが怖いのも良くわかる。
だが、勇気を持ってペンを取ろう。
卒業式には出よう。
あなたは、この作品を、観客に届けなければならない。
あなたは、何のために書き始めたのか。
観客と素晴らしさを共有するためではなかったか。
完結しないのなら、それは永遠に来ないのだ。
完結してはじめて、他人は評価することができる。
「完結したら読むよ」とほっておいてある漫画は、何本ある?
そういう扱いをされるんだぜ?
あなたは、責任がある。
観客を夢中にし、完結のカタルシスを味あわせる責任だ。
安心せよ。
あなたがその世界と別れたがらないならば、
成功の可能性がある。
観客もそういう気持ちになるからだ。
僕は9、10話あたりから、ドラマ風魔が終わるのが、
寂しくて寂しくて仕方がなかった。
それはみんなもそうだった。
あなたは、卒業式に出なければならない。
完結の責任を取り、
観客と卒業式を祝う義務がある。
あなたはこれ一本で終わる作家ではない。
何本も何本も、名作を書く未来が待つ。
完結させなければ、逆算でのリライトも出来ない。
完結させなければ、素晴らしい作品か失敗作かも分からない。
完結させなければ、誰かと共有も出来ない。
完結させてから、発表をするかどうか迷えばいいだけだ。
微妙だったら、リライトするか、封印して次回作を作ればいいだけだ。
評価が定まるのが怖いのか?
別れるのが怖いのか?
自分の恐れを正面から見ておこう。
それよりも、
登場人物の人生を完結させる責任を、あなたは自覚しよう。
卒業式忌避症候群は、
今と卒業式しか見えていないから起こる。
全体を見て、
卒業式に出よ。
安心せよ。
いざ出たら、案外こんなもんかと思うから。
(ということで、本日てんぐ探偵全話リライトの、
全四ブロックのうち第二ブロックを終えました。
いずれ発表します)
2016年03月12日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック