○○ベースの作劇シリーズ、
実はどんどん本質的な部分から、
表面的な部分へ移行していることにお気づきだろうか。
キャラクターベースで、作劇は可能か?
だとすればどのように?
ストーリー作りの初心者には、
「キャラクターや設定は思いつくのだが、
ストーリーが思いつかない」というのが、
とてもよくある問題のようだ。
簡単に言えば、
外的問題、内的問題、コンフリクトベースの作劇をしなさい、
とアドバイスをするべきだ、というのが僕の結論である。
キャラクターは、ストーリーには不可欠だが、
それはストーリーにとってとても表面的な要素でしかないのである。
たとえば、探偵ものを考えてみよう。
かつてないほど個性ある、ハードボイルドな探偵がいるとしよう。
そしてその相棒もスーパー個性的だとする。
キャラクター賞があるとしたら、優勝を狙えるくらいの。
さあ、彼らが探偵事務所にいるとしよう。
きっと個性的な会話をするだろう。
しかしストーリーは始まらない。
それは「おしゃべり」に過ぎない。
何故か。
「依頼」が来ないからである。
探偵ものの構造は、
「個性的な探偵が」「事件を解決する」である。
前者がキャラクター、後者がストーリーだ。
どんな個性的なキャラクターだろうが、
雛壇でおしゃべりをする芸人バラエティーと変わらない。
事件が起こらなければ探偵は活躍出来ないからである。
そして大抵、事件は依頼人からもたらされる。
連作短編の記事で議論したように、
レギュラーキャラクターの探偵たちは変化せず、
依頼人が変化する(外的問題、すなわち依頼が解決することで、
内的問題を解消する)。
勿論、依頼人のキャラクターがとてもヘンテコでも構わない。
しかし重要なことは、依頼人が探偵に「依頼」しない限り、
ストーリーは始まらないのである。
嘘だと思ったら、
依頼なしで、依頼人と探偵たちを探偵事務所に一時間閉じ込めて、
話を作ってみたまえ。
ただのおしゃべりしか出来ないだろう。
どんな個性的なキャラクターでも、
目的がなければ、おしゃべりしているだけである。
探偵ものでは、目的は「依頼の実行」になるので、
分かりやすい例としてあげた。
逆に。
ストーリーさえしっかり面白ければ、
キャラクターは無個性で構わない、と極論出来る。
これは僕の説である。
特に短編では、
キャラクターよりも、プロットやテーマのほうが、
切れ味や個性が求められる。
二時間映画でも、ひょっとしたら大したキャラクター性は不要かも知れない。
強烈なキャラクターは、漫画のような、
長く続ける連載前提の要素である可能性が高い。
何故なら、強烈なキャラクターが受けた映画は、
続編を作りシリーズ化しがちだからだ。
さて、あなたが強烈なキャラクターを思いついたとしよう。
どれだけキャラクターを思いついても、
ストーリーを思いついたことにはならない。
ストーリーとは、目的の遂行だからである。
つまり、目的と遂行のふたつを思いつく必要がある。
あとは、コンフリクトや、問題(探偵ものの依頼に相当)や、
内的問題(探偵ものなら、依頼人の内的問題)などを用意して、
ストーリーを作っていけば良い。
つまり初心者が、
キャラクターは思いつくがストーリーが思いつかないなんて悩むのは、
ちゃんちゃらおかしいのである。
だって全然違うところを考えているのだから。
キャラクターベースの作劇は、
つまり相当困難だ。
「強烈なレギュラーキャラクターたちが、
とんでもない事件に巻き込まれたら」という発想はあり得ると思う。
これは、劇場版ドラえもんの作り方である。
(初心者は、ドラえもんやのび太の設定ばかり考えていて、
ピー助を過去に戻しに行ったらタイムマシンが壊れて、
恐竜時代に大冒険しなければいけなくなる、を考えていないのである)
そのとんでもない事件を思いつけば、
突破口が開きやすいだろう。
2016年03月21日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック