昨日雑談の中で出てきたので記録。
映画の中で、スローモーション表現がある。
それには大きく二種類のやり方がある。
撮影と編集の二種類だ。
撮影では、ハイスピードカメラを使う。
映画では、毎秒24コマで撮影、映写が行われる。
これを48コマ、60コマ、72コマ、120コマで撮影する。
それぞれ、2倍、2.5倍、3倍、5倍のハイスピード撮影という。
要するにモーターが通常より高速で回るのだね。
(実際には、フィルム送り、フィルム留め、
シャッター開けて露光、シャッター締め、のループを行うため、
ただぐるぐる回るのではない。
物凄い早いスピードで、カメラの内部ではストップアンドゴーが行われている)
映写は1秒24コマで再生されるから、
48コマを再生するのに2秒かかるわけだ。
ということで、1秒の映像が2倍ゆっくりに見える。
他の倍数も同じくである。
これをハイスピード撮影という。
もうひとつは編集で行う。
たとえば、24コマの映像を、
1コマ目、1コマ目、2コマ目、2コマ目…と、
二倍にダブらせる。 すると2倍ゆっくりに見える。
1コマ目、1コマ目、2コマ目、2コマ目、2コマ目、3コマ目、3コマ目…
とやれば、2.5倍のスローモーションになる。
しかしこのやり方ではコマがだぶるため、
カクカクしてしまうのが難点だ。
真のスローモーションではない、疑似のスローモーションということだ。
さて、
スローモーション表現において、
どちらが優れているか?
ハイスピード撮影が優れ、
カクカク編集は劣る、と通常なら考えるはずである。
しかし、時にカクカク編集が、ハイスピード撮影よりも素晴らしい表現になるときがある。
つまり、スローモーションは、
カクカク編集とハイスピード撮影を、使い分けなければならない。
これらが、効果的にどう違うかまで考えたことがあるだろうか?
というのが、主たる問題だ。
これはプロの監督のレベルの問題だけど、
面白いのでここで議論することにしてみた。
僕の師匠の一人に、平井邦彦がいる。
彼はコマ撮りの達人で、コマ単位の表現に一家言ある。
ある時、この質問をされたのだ。
カクカク編集と、ハイスピード撮影のスローモーション表現では、
どちらがどうか、と。
彼が例に上げたのは、
「ブレードランナー」のラスト付近、
鳥が飛び立つスローモーションだった。
これはハイスピード撮影ではなく、
編集で作ったカクカク編集のスローモーションだった。
それが素晴らしい理由を述べよ、というものだった。
当時助監督だった僕は、
ジョンウーとかサムペキンパーのハイスピード撮影が至上だったので、
どこがいいねんとしか思っていなかった。
その後色々考えて、
単純に鳥がいつ自然に飛び立つか、予測できない撮影なんだから、
ハイスピード撮影のフィルムをジャラジャラ贅沢に回すのは無理で、
編集でやろうと監督が決めたのではないか、
と現場の事情の仮説を立てていた。
ノーマルスピードで撮ったものを、
その瞬間を引き伸ばしたくて、編集でスローモーションに無理矢理したのだろうと。
今、僕は、これが答えだと思っている。
つまり、
カクカク編集でのスローモーションは、
「過ぎ行く時が止まってほしいという思いの表現」、
ハイスピード撮影でのスローモーションは、
「これからスローモーションになるような、
何かが起こることを、期待する表現」だ、
というのが僕の考えだ。
例えば、
「彼女と別れ際、この時がもっと続くといいのに」と思っていることを、
去り際の彼女の笑顔を、カクカク編集でスローモーションすることで、
表現することが出来る。
あるいは、「転校生に恋をした」を、
彼女が歩くハイスピード撮影でのスローモーションで表現することが出来る。
この違いだ。
逆は無理だ。
もし去り際の彼女がハイスピード撮影でのスローモーションなら、
このあと彼女に車が突っ込んでくることの「予告」になってしまう。
もし転校生の歩きがカクカク編集のスローモーションならば、
彼女はこのあと死んだことになる。
つまり、
カクカク編集は、過去にベクトルが向いている。
失われた時を、どうしても伸ばしたいときだ。
ハイスピード撮影は、未来にベクトルが向いている。
これから起こることに注目していたい時である。
だから、ブレードランナーのラスト付近の、
鳥が飛び立つスローモーションは、カクカク編集なのだ。
これは人造アンドロイドで4年しか生きられないレプリカントのロイが、命の象徴として、
空に鳥を放つ芝居として使われている。
これ以上生きられない自分を重ねた表現だから、
過去にベクトルを向けるべきなのである。
ハイスピード撮影では、未来に希望がある意味になってしまう。
未来に確定した死を思うから、今を引き伸ばしたい気持ちの表現なのだ。
平井さんは独立してしまったので、
会うことがないのだが、確かめてみたい。
ちなみに、僕が無意識にそれを使い分けているところがある。
イーデザイン損保の120秒バージョン(公式サイトで見れます)の、
「真島さん、出番ですよ」はカクカク編集、
その直後の真島登場はハイスピード撮影なのである。
土屋太鳳はここで出番が終わりなので、未来に何かあるわけではないから、
ハイスピード撮影でのスローモーションは使えない。
一方、直後の真島登場は、これからの活躍を期待させるため、
ハイスピード撮影でのスローモーションになっているのだ。
ちなみに、ドラマ風魔では、
僕が二つだけ機材を入れてくれと要求した。
風を起こす業務用のファンと、ハイスピード撮影が可能なカメラだ。
どちらも効果的に使わせてもらった。
市野さんはどっちもあんまり使ってないから、
そういう表現に興味がないのかも知れない。
さて、脚本論に戻そう。
引き伸ばしたい瞬間はあるか。
それが文脈にあれば、監督がスローモーションにしてくれるだろう。
間違ってもスローモーションなどと技術用語は書かないこと。
そのスローモーションにしたい瞬間は、
過去にベクトルがあるのか、
未来にベクトルがあるのか、
あなたは書き分けているだろうか。
そもそもそれがないと、撮影も編集も、スローモーションなどないだろう。
2016年03月27日
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