2016年03月27日

スローモーションの二種類の表現

昨日雑談の中で出てきたので記録。

映画の中で、スローモーション表現がある。
それには大きく二種類のやり方がある。
撮影と編集の二種類だ。


撮影では、ハイスピードカメラを使う。
映画では、毎秒24コマで撮影、映写が行われる。
これを48コマ、60コマ、72コマ、120コマで撮影する。
それぞれ、2倍、2.5倍、3倍、5倍のハイスピード撮影という。
要するにモーターが通常より高速で回るのだね。
(実際には、フィルム送り、フィルム留め、
シャッター開けて露光、シャッター締め、のループを行うため、
ただぐるぐる回るのではない。
物凄い早いスピードで、カメラの内部ではストップアンドゴーが行われている)

映写は1秒24コマで再生されるから、
48コマを再生するのに2秒かかるわけだ。
ということで、1秒の映像が2倍ゆっくりに見える。
他の倍数も同じくである。

これをハイスピード撮影という。


もうひとつは編集で行う。
たとえば、24コマの映像を、
1コマ目、1コマ目、2コマ目、2コマ目…と、
二倍にダブらせる。 すると2倍ゆっくりに見える。
1コマ目、1コマ目、2コマ目、2コマ目、2コマ目、3コマ目、3コマ目…
とやれば、2.5倍のスローモーションになる。

しかしこのやり方ではコマがだぶるため、
カクカクしてしまうのが難点だ。
真のスローモーションではない、疑似のスローモーションということだ。


さて、
スローモーション表現において、
どちらが優れているか?
ハイスピード撮影が優れ、
カクカク編集は劣る、と通常なら考えるはずである。

しかし、時にカクカク編集が、ハイスピード撮影よりも素晴らしい表現になるときがある。
つまり、スローモーションは、
カクカク編集とハイスピード撮影を、使い分けなければならない。

これらが、効果的にどう違うかまで考えたことがあるだろうか?
というのが、主たる問題だ。

これはプロの監督のレベルの問題だけど、
面白いのでここで議論することにしてみた。



僕の師匠の一人に、平井邦彦がいる。
彼はコマ撮りの達人で、コマ単位の表現に一家言ある。
ある時、この質問をされたのだ。
カクカク編集と、ハイスピード撮影のスローモーション表現では、
どちらがどうか、と。

彼が例に上げたのは、
「ブレードランナー」のラスト付近、
鳥が飛び立つスローモーションだった。
これはハイスピード撮影ではなく、
編集で作ったカクカク編集のスローモーションだった。
それが素晴らしい理由を述べよ、というものだった。
当時助監督だった僕は、
ジョンウーとかサムペキンパーのハイスピード撮影が至上だったので、
どこがいいねんとしか思っていなかった。

その後色々考えて、
単純に鳥がいつ自然に飛び立つか、予測できない撮影なんだから、
ハイスピード撮影のフィルムをジャラジャラ贅沢に回すのは無理で、
編集でやろうと監督が決めたのではないか、
と現場の事情の仮説を立てていた。
ノーマルスピードで撮ったものを、
その瞬間を引き伸ばしたくて、編集でスローモーションに無理矢理したのだろうと。


今、僕は、これが答えだと思っている。

つまり、
カクカク編集でのスローモーションは、
「過ぎ行く時が止まってほしいという思いの表現」、
ハイスピード撮影でのスローモーションは、
「これからスローモーションになるような、
何かが起こることを、期待する表現」だ、
というのが僕の考えだ。

例えば、
「彼女と別れ際、この時がもっと続くといいのに」と思っていることを、
去り際の彼女の笑顔を、カクカク編集でスローモーションすることで、
表現することが出来る。
あるいは、「転校生に恋をした」を、
彼女が歩くハイスピード撮影でのスローモーションで表現することが出来る。

この違いだ。
逆は無理だ。

もし去り際の彼女がハイスピード撮影でのスローモーションなら、
このあと彼女に車が突っ込んでくることの「予告」になってしまう。
もし転校生の歩きがカクカク編集のスローモーションならば、
彼女はこのあと死んだことになる。


つまり、
カクカク編集は、過去にベクトルが向いている。
失われた時を、どうしても伸ばしたいときだ。
ハイスピード撮影は、未来にベクトルが向いている。
これから起こることに注目していたい時である。



だから、ブレードランナーのラスト付近の、
鳥が飛び立つスローモーションは、カクカク編集なのだ。
これは人造アンドロイドで4年しか生きられないレプリカントのロイが、命の象徴として、
空に鳥を放つ芝居として使われている。
これ以上生きられない自分を重ねた表現だから、
過去にベクトルを向けるべきなのである。
ハイスピード撮影では、未来に希望がある意味になってしまう。
未来に確定した死を思うから、今を引き伸ばしたい気持ちの表現なのだ。

平井さんは独立してしまったので、
会うことがないのだが、確かめてみたい。



ちなみに、僕が無意識にそれを使い分けているところがある。
イーデザイン損保の120秒バージョン(公式サイトで見れます)の、
「真島さん、出番ですよ」はカクカク編集、
その直後の真島登場はハイスピード撮影なのである。
土屋太鳳はここで出番が終わりなので、未来に何かあるわけではないから、
ハイスピード撮影でのスローモーションは使えない。
一方、直後の真島登場は、これからの活躍を期待させるため、
ハイスピード撮影でのスローモーションになっているのだ。

ちなみに、ドラマ風魔では、
僕が二つだけ機材を入れてくれと要求した。
風を起こす業務用のファンと、ハイスピード撮影が可能なカメラだ。
どちらも効果的に使わせてもらった。
市野さんはどっちもあんまり使ってないから、
そういう表現に興味がないのかも知れない。




さて、脚本論に戻そう。

引き伸ばしたい瞬間はあるか。
それが文脈にあれば、監督がスローモーションにしてくれるだろう。
間違ってもスローモーションなどと技術用語は書かないこと。
そのスローモーションにしたい瞬間は、
過去にベクトルがあるのか、
未来にベクトルがあるのか、
あなたは書き分けているだろうか。

そもそもそれがないと、撮影も編集も、スローモーションなどないだろう。
posted by おおおかとしひこ at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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