2016年03月27日

デジタルは人を幸せにしない:阿片戦争

サーフェス3をwordマシンとしてスタンドアローンで使っているのだが、
スタバwi-fiをタダで使うためにアカウント取ったら、
まあ色んな情報更新を求めてくること。

マイクロソフトがwin10に更新しろと煩いと皆が言うのは、
こんな感じなのだろうなと実感した。

ところで、ウィンドゥズは、阿片戦争と同じだと思った。


我々は多分、もはやパソコンなしには生きていけない。
少なくとも都市生活や仕事は無理だろう。
ネットも同じくだ。

そこまで我々を依存漬けにしておいて、
ウィンドゥズ10に更新しろといい、
しなかったら中毒になっている我々から、
ウィンドゥズを引き上げるぞ(古いバージョンのウィンドゥズは逐次終わらせていくんでしょ?)
と言っているマイクロソフトは、
阿片で中国を中毒にした、
阿片戦争の手口ではないか?

アマゾンもそうだな。商店街や小売りを壊滅させた。
Googleもだ。本屋や図書館や雑誌の知識を壊滅させた。
AdobeのCCもそうだ。手作業クリエイターを壊滅させた。

それなしでは最早生きていけないように、
他を壊滅させておいて、
それを引き上げるぞと脅迫して、
延々と金を取り続けるビジネス。

フィットネスの会員権もいい加減酷い商売だと思ったが、
それより汚いやり口のような気がする。

そのうちYouTubeも課金しはじめるだろうな。
無料で流行らせるのは、
そういう長期的中毒依存させる、初期の手口なのかも知れないね。


僕らはデジタルで幸せになったのだろうか?
巨大組織に金を吸いとられ続けるように、
調教されて、他のやり方を忘れたり、
最初から学べなくなってやしないか?
つまり、人類が営々と積み上げてきたものから、
遠ざけられてやしないか?

デジタルは阿片だ。
Googleの人工知能からシンギュラリティがはじまるとしても、
ターミネーターのような核戦争は起こらずに、
マイクロソフトやアマゾンやAdobeに、
我々は阿片漬けにされるのではないだろうか?

マトリックスみたいに、
その接続コードを外せるのだろうか?
紐帯は、接続コードのように具体的なブツではなく、
我々の中毒依存という、目に見えないものである。
他の人が全員それ前提で、一人だけ逆らえないという恐ろしさである。


休みの日にメールで指示が来たり、
メールでスケジュール短縮して会わずに納品したり、
それは人間の仕事のあり方として、
間違っていると僕は思う。
けれどそれしかやり方を知らない世代が、
仕事をそういうものだと覚えてしまったら、
それ以外のやり方が駆逐されたら
(ややその感はあるが)、
それは、マイクロソフトに漬けられてしまったことにならないか?


阿片を捨てることは出来るのだろうか?
僕は世界史に詳しくない理系なので、
阿片戦争の行く末や顛末を把握していない。

シンギュラリティの陰謀は、半ば達成されつつある、と僕は見ている。
それぐらい、今の僕の周りには無能が多い。
posted by おおおかとしひこ at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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