グーグル検索は便利だが、
このツールは我々への阿片である。
何故なら、明日から急にグーグル検索禁止にしたとすると、
もはや我々は知識の検索の仕方を忘れてしまったからだ。
グーグル検索がなかった時代、
私たちは脳のなかに知識の体系を作った。
不完全ながら歴史や地図を作った。
あれとあれは我々の脳の中のあのへんに入れてあるから、
あれはあの辺を探せば見当がつくだろう、
ということを、我々は常に更新していた。
頭の中の体系だけでなく、
補助的な記憶装置、すなわち雑誌や自分の本棚、
近くの本屋や図書館、知人や知り合いに至るまで、
ネットで繋がらないネットワークを、
我々は個個人でもっていた。
それは、グーグル検索に駆逐され、
もはや殆どないかに見える。
デジタルは人を幸せにしない。
たとえば、今の若いやつは、
検索して出てこないものは、無いものと勘違いする。
世の中に厳然としてあるものだが、
ネットにないだけということを知らない。
そんなものは、沢山ある。
キーワード検索は、万能ではないし、
ネットも万能ではない。
グーグルは、
ネットにないものはないように、世界を網羅支配しようとしている。
しかし、世界の100%がネットに上がることはない。
俺の全知識が、このブログに永久に書かれないように。
ためしに、脚本に関する、本当の知識はどこで手に入る?
ネット検索で出てくるわけないよね?
本当の知識は、名作のなかにあるんだぜ。
自分のやったことのなかにあるんだぜ。
それを研究せずに、一生検索だけしてればいいさ。
デジタルは人を幸せにしない。
阿片のように、バカを育てる装置である。
2016年04月13日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

