2016年04月13日

デジタルは人を幸せにしない:検索に引っ掛からないものがある

グーグル検索は便利だが、
このツールは我々への阿片である。

何故なら、明日から急にグーグル検索禁止にしたとすると、
もはや我々は知識の検索の仕方を忘れてしまったからだ。


グーグル検索がなかった時代、
私たちは脳のなかに知識の体系を作った。
不完全ながら歴史や地図を作った。

あれとあれは我々の脳の中のあのへんに入れてあるから、
あれはあの辺を探せば見当がつくだろう、
ということを、我々は常に更新していた。

頭の中の体系だけでなく、
補助的な記憶装置、すなわち雑誌や自分の本棚、
近くの本屋や図書館、知人や知り合いに至るまで、
ネットで繋がらないネットワークを、
我々は個個人でもっていた。


それは、グーグル検索に駆逐され、
もはや殆どないかに見える。


デジタルは人を幸せにしない。

たとえば、今の若いやつは、
検索して出てこないものは、無いものと勘違いする。

世の中に厳然としてあるものだが、
ネットにないだけということを知らない。

そんなものは、沢山ある。
キーワード検索は、万能ではないし、
ネットも万能ではない。

グーグルは、
ネットにないものはないように、世界を網羅支配しようとしている。
しかし、世界の100%がネットに上がることはない。

俺の全知識が、このブログに永久に書かれないように。



ためしに、脚本に関する、本当の知識はどこで手に入る?
ネット検索で出てくるわけないよね?
本当の知識は、名作のなかにあるんだぜ。
自分のやったことのなかにあるんだぜ。
それを研究せずに、一生検索だけしてればいいさ。

デジタルは人を幸せにしない。
阿片のように、バカを育てる装置である。
posted by おおおかとしひこ at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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