2016年05月07日

女主人公に感情移入しにくい理由

僕は男なので、
女主人公があまり好きではない。
単純に感情移入しにくいからだ、
と昔から考えていたのだがそうではなかった。

僕の論によれば、主人公に近くない人をも感情移入させるのが、
真の感情移入だからだ。


たとえば一番苦手な、
「働く女」が主人公のやつ。

アメリカのやつなら大抵コメディたから笑って見れるのだが、
日本人主人公のやつは、なんだか遠い所の出来事のように感じる。
アメリカより近いはずなのに。

それは、日本のそれらが、
「共感」をベースに感情移入させる仕組みだからだ。

たとえばベタだけど、
「恋も彼氏も頑張りたい!だって女の子ですもの!
お化粧も仕事もしなくちゃ!」とか。
女なら共感するよね?
という符丁を投げ掛けられているようなものだ。

「そうそう」と共感する人はこの先に進めるが、
「いや今仕事覚える時期なんだから、仕事しろや」と、
男社会の常識が邪魔をして共感出来ないとなると、
この先つまづく。


感情移入は、共感から起こすことが出来る。
共感すれば感情移入になる。
だがこのやり方は下手な感情移入だ。
共感出来ない人(この場合俺を含む男たち)を、
振り落としてしまう。

本当の感情移入は、共感出来ない人をも、感情移入させて、
共感する女も、共感しない男も、
感情移入させてしまうのである。
(議論を簡単にするため、ざっくり男と女に分けている。
女でも共感しない人もいたりするだろうが、それは男サイドに入れて頂きたい)

アメリカの働く女コメディが何故感情移入出来るかというと、
「仕事も恋もしたい」と動機をきちんと見せておいて、
「仕事を頑張るため男に振られる」、
「男に媚びたら仕事を失う」、
というプロセスを見せることで、
「AもBも実現するのは難しいよね」という、
一般論へ還元するからである。
「じゃあ、AもBも得るにはどうすればいいか?」
をセンタークエスチョンにするから、
共感出来ない人でも、身を乗り出すのだ。
仕事や恋は、AとBの例にしか過ぎない、という上部構造に興味を持てばよいのである。

誰だって、AとBの両立に悩んだことはある。
だから感情移入出来るのである。
これが感情移入の正しい仕組みだ。

そうすれば、「恋と仕事の両立」に共感出来ない人も、
「AとBの両立、この話では恋と仕事」に感情移入できて、
よく知りもしない働く女の、
仕事での七転八倒や、恋の七転び八起きに、
笑ったり泣いたり出来るのである。


「仕事と恋、どうすればいいの?」の、
共感レベルにいるからダメなのだ。
もっと上の、経験したことのある抽象的な構造を示すのだ。

共感レベルで書くと、
「仕事を頑張るため男に振られる」
「男に媚びたら仕事を失う」
のプロセスを省略してしまう。
問題を詳細に描かずに、「わかるでしょう?」と省略してしまうのだ。

これは、脚本家の甘えだと僕は考えている。


わかる人同士の甘えに溺れるのは、
いわば同人誌だ。
(いや、同人誌に失礼か。きちんとしたものもあるだろう)
同好の士以外をどれだけ説得力あふれるように、
感情移入させるかが、感情移入の鍵なのである。


ということで、
「あなたのような男はこの話のターゲット外だから、
文句を言っても意味がない」なんて、
批判拒否するのは、お門違いの拒否なのだ。

「あなたのようなターゲット外の男でも、
思わず感情移入してしまうような話を作らねば。
それにはそんな共感できる男性を出すのは間違いで、
誰にでも当てはまることがあるぞ、
と思わせるように、女主人公の立場や行動をセットアップしなければ」
が、正解。

(昔映画企画をしてたとき、
女性ターゲットで、女性の共感を、男の共感は不要、
なんてやってる女プロデューサーを見てて、
入れないなあここ、とずっと思ってたんだ。
その人は案の定ヒットを出せなかった)



さて、つまり、真の感情移入は、
どこでやればいいか?
一幕だ。

内的問題の提起(これは提起であり共感を伴う必要はない)、
事件発生、
どうしてその事件解決に乗り出すのか、
実際に乗り出す(第一ターニングポイント)

あたりを書いた時点で、既に感情移入されているように、
誰にでも当てはまることを、
主人公特有の例で描いていけばいい。
(「AとBの両立」を、仕事と恋で描くように)
posted by おおおかとしひこ at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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