2016年05月14日

リライトは、直しではなくもう一度頭から書くこと

というのが理想だと僕は考える。

ちょっと部分を直したら、
他のところに齟齬や無理が出る。
そこを直したらまた別のところに…というループが生まれ、
歪みの歪みの歪みが…存在する、
まっすぐな話ではなくなってしまう。


まっすぐな、歪みのないリライトをするには。

理想は、白紙を前にもう一度一から書くことである。


そうだなあ。30分(30枚、12000字)ぐらいまでなら、
直しに直して、歪んで歪んでしまうくらいなら、
白紙を前にもう一度一から書いた方が絶対早い。

どれくらいの直しになるのかだけどね。
歪みの歪みの…が多そうなら、
それをやる覚悟を決めることも、選択肢に入れるといい。



それ以上長いものの場合。

僕は白紙を前に、直したあとの、理想の形を想像することから始める。
どういう直しが発生するか分かっていれば、
それがどう本質を変えてしまうことになるかを、
落ち着いて考える。

その本質が変わってしまったあとでも、
尚面白くあるためには、
どういう形が理想かを、想像するのである。

直して直して、
原型を留めないどころか、
分かりにくくなり詰まらなくなってしまったのを、
嘆いても何も起こらない。
その後は敗戦処理でしかなくなる。

そうではなく、そこから勝ちに行かなければならない。


その直しを決定として、
それでも尚面白いのは、
どういうのが理想かを考える。

下手したらあることを落とした方がさらに良くなるかも知れないし、
基礎設定の配分の変更も必要かもしれないし、
センタークエスチョンやテーマそのものも、
変更した方が良くなるかも知れない。

それらを頭の中に通して考えるとよい。
原稿を見て考えるのではなく、
頭の中でやるのがコツだ。


頭の中には、理想型を描きやすいからだ。

新作を構想するように、
白紙に構成からやり直すのだ。

まるで最初からそういう構造であったかのように、
構成を一から作るのだ。

多くの前の原稿は、
実際にはそのまま使えるので、
心配しなくていい。

ただ、理想的構造はこうであるべき、
を、まず確定させるとよい。


あとは、それに従って直していけばいい。


絵でもそうだけど、
部分だけ見て直していると、
全体が狂う。

たとえば腕だけ直すと、
そういう上半身からそういう腕の出方はしてないとか、
その下半身のポーズからその上半身の向きは変、とか。
ちょっとずつ直して、結局ぎくしゃくしたポーズになる。
だったら、
その腕のポーズにするならば、
どういう下半身や上半身や構図が理想なのかを、
先に全体像を軽くデッサンしたほうが、
最終的にはいい絵がかけるというものだ。

リライトもそんな感じだ。



全身のデッサン、
つまり、理想の全体構成を書き終えたら、
それに従って、
現在の原稿を直していく。

多分序盤を一番書き直す。
よく書けているから残したい、
という欲望が発生したら、そこにカッコをつけて、
一旦は切る必要があるなら切ろう。
あとで別の場面に移植できる可能性があるからだ。

それ以外は、新たな全体構成のために、
最低限必要なことを、書いていけばよい。


背筋のまっすぐした面白い話は、
そうやることでしか、リライトすることができない。

みんなそれを知らないから、
中途半端な嘘をついて、それをさらに嘘をついて、
少しずつ誤魔化したような直ししかできず、
だから酷いシナリオになってゆくのだ。


もしあなたが現場でそういう直しを受け続けて、
作品がダメになると思ったら、
「一旦預からせて下さい」と、
一からあらためて白紙に書く覚悟をしたほうが、
必ず最終的にいいものになるだろう。

リライトの経験は、
アマチュアではなかなか積めない。

一年前の自分の原稿を見て、
リライトしてみると、その労苦が分かるのではないか。
posted by おおおかとしひこ at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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