2016年05月18日

で、結局何を書けばいいんだ?4

執筆現場目線から、ストーリーを考えるシリーズ。

今日は、「持つ」か「持たないか」という話。


「持たない」とは、要するに退屈しているということ。
詰まらなかったり、だるかったり、眠かったり、
ぐだぐだだったり、分かりにくかったり、想像して楽しめなかったり。

「持つ」とはその逆。
面白かったり、興味深く集中していたり、目が覚めるような衝撃を受けたり、
展開の妙に唸ったり、感心したり、関心が継続していたり、
色んなことを想像して楽しみながら、
見ている状態のことだ。

それは、あなたが、ではなく、
観客が、ということである。

あなたが楽しい楽しくないとかは、どうでもいい。
観客が、今退屈しているのか、集中しているのかを、
あなたが把握しなければならない。

うまいこといっている状態では、
あなたも、観客も、持つ状態が続く。

滑っている状態では、
あなたが楽しんでいても、観客が持っていない。

その判断を間違うと、
滑った作品になる運命にある。


じゃあ、どういうのが持ち、どういうのが持たないかは、
あなたがどういう観客経験があるかで決まってしまう。
あなたが持つと観客として判断すれば持つし、
あなたが持たないと観客として判断すれば、持たないということ。

以前少し議論したけど、
受け手として面白いものを作るべきであり、
受け手として面白くないと思うものを、受けると勘違いして送り出すことを、
するべきではない。それは滑るからである。



さあ、何が、「持つ」のだろう。
緊張の持続をさせるには。

1. 謎をつくること。
2. 感情が平熱でないこと。
3. 危険や異常があること。
4. 緊張しすぎたらほぐすこと。

あたりがコツだろうか。


1. 謎をつくること。

この人の目的は。謎の微笑みの意味は。
何故お前がここにいるんだ。殺したのは誰か。
一体何狙いなんだ。
そのココロは何か。

それが強烈な興味を引いているとき、
観客はその謎の答えを知りたくて、持つ。

その謎が簡単に解けるとしらけるし、
その謎ときが矛盾があればむかつくし、
その謎がいつまでも解明されないなら、むかついて放り出す。

この辺のさじ加減は、能力というより才能のような気がする。
適度な謎、適度な展開、適度な謎解きをせよ、としかここでは議論しようがない。

物語が始まった当初は、
これはどういう世界なんだろう、という謎を大きく出しながらも、
これはこういう世界なのだろう、という小さな答えを用意する。
そのあと、それを裏切って、それだけではない、もっと深いぞ、
と思わせれば、食いつきがあるだろう。
そういう意味では、謎で釣るのである。


2. 感情が平熱でないこと。

笑ったり、泣いたり、辛かったり、怒ったり。
激しい感情はそれだけでドラマチックである。
何故そういうことになったかという事情もドラマチックだし、
その次の行動もドラマチックになりうるし、
その後の結果もドラマチックになるだろう。

平穏無事なストーリーはない。
ストーリーとは、登場人物たちが、
とんでもない感情に放り込まれ、
なんとかして平穏無事な日常に帰還するまでを描くものだ。

もちろん、部分的に落ち着いたり、
感情が色々変化していって、話は続いて行くのである。


3. 危険や異常があること。

危険や異常がおこること。
それだけで観客は緊張する。
2の尋常でない感情も伴うだろう。

困ったら、危険な状況に追い込め。
登場人物は、必死になるだろう。

逆に、危険もないことを淡々とする話は詰まらない。
「朝起きて、会社に行き、詰まらない仕事をし、帰宅する」はストーリーではない。
「朝起きて、会社に行ったら、会社が倒産した」とか、
「朝起きずに死んだ」とか、
「朝起きて、会社に行く途中、電車がUFOに攻撃された」
などがストーリーである。


4. 緊張しすぎたらほぐすこと。

人間はずっと緊張していられない。
しんどい。
だから、緊張がマックスになったら、ほぐすのがいい。
笑いによって緊張をほぐすことをコメディリリーフといい、
その笑いを起こす人のことも指す。
(アメリカ映画では、黒人か身分の低い者に決まっている。
アナ雪では、オラフがその役割だ。
ジャージャービンクスは、その役割をCGにやらせた)
日本ではその暗黙ルールはないので、好きにやってよい。

笑いではなく、安心でやるパターンもある。
ホラーでは、追いかけられたあと、一瞬安全な場所へ避難する。
ホッとしたと思って窓を開けたらうわあ!という、緩急が、
緊張と弛緩をつくり、次の緊張へ観客を導くのである。

緩急は、これも才能だろうね。
ストーリーテリングの上手さは、こういうところで出ると思う。




最近批評を繰り返している、「ファイアパンチ」だが、
僕が作者が未熟だと思うのは、
謎と危険ばかりで、話を持たせようとしているところである。
その先は、矛盾だらけの答え合わせしかないのにね。

もし矛盾なき見事な結末になるのなら大歓迎だが、
もはや原作「進撃の巨人」がうまく解けなさそうな所を見ると、
あまり期待出来ないかもね。

「ファイアパンチ」が化けるとしたら、
主人公アグニの「感情が分かったとき」ではないかなあ。
復讐以外の感情がだ。



さて、これらの議論は、
数シーン単位での現場目線の考えである。

ストーリーを作るということは、それ以上の高さでも、
ものを考えておかなければならない。
つづく。
posted by おおおかとしひこ at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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