脚本家と演出家が違えば、
演出家のしたことは全て演出だが、
だからといって脚本に演出的要素がないわけではない。
たとえば「謝る」という文脈において、
「…ごめんなさい」
という台詞の、「…」の間すら演出的要素である。
「この度は…申し訳ありませんでしたッ!」
という台詞に書き直すことも出来る。
雲が急に湧いてきて、空が暗雲に包まれ雨が降ってくる、
土下座と同時に雲が割れて、
光の一筋が当たる、
なんてト書きを書き加えることも可能である。
場所を選ぶのもいい。
「雪の降る東京タワー展望台」や、
「家族で賑わうバーベキュー会場」などでもいい。
これらのことは、
脚本に書かれる演出的要素だと言える。
ストーリー的に言えば、
どういう事情で謝ることになったかや、
謝る人の気持ちや謝られる人の気持ち、
謝る行為によってこれからどういう展開になるかのほうが、
遥かに重要である。
しかしここがストーリーの分岐点になる、
重要ポイントならば、
謝る場面を強調して、演出的要素を盛り込んだほうがいいかもしれない。
勿論、強調だけが演出ではない。
省略も演出だ。
敢えて「ごめん」とシンプルにいき、
その前後の場面を強調することで、
そのシンプルな場面を目立たせるやり方もあるだろう。
つまりは、演出とは、
あるストーリーをどうやって見せるかという、
総合的な判断のことだ。
上で挙げたように、
同じストーリーでも、
演出には万のやり方があり、
そのどれがいいとか悪いとかは、一概には言えない。
センスのいい演出も悪い演出もあるし、
ストーリーが胸に迫る演出もあれば、邪魔な演出もある。
流行の演出もあれば不動の安定演出もある。
それらは、理屈ではなく感性で選んでいくしかない。
もしあなたが演出家の場合、
脚本を書くことは危険である。
脚本は演出プランを披露する場ではなく、
ストーリーをソリッドに示す場である。
スローモーションとか白い鳩が飛ぶとかは、
脚本には書かない。(ジョンウーの定番演出)
演出家の演出プランに書くものである。
(日本のドラマや映画では、
コンテをかかない習慣のため、
演出家の演出の幅がとても狭い。
僕はそれが嫌なのでコンテを全部かく。
風魔だっていけちゃんだってだ)
脚本には、謝る行為とその前後と気持ちが、
うまく描かれていればよいだけである。
大体、クローズアップとか、スローモーションとか、
アオリで、とかフェードインとか、
技術用語は脚本には書かない。
それは演出であり、
脚本にはストーリーだけを書けばいい。
そのうち、過剰な演出に頼らない、
ほんとうに面白い話が書けるようになるだろう。
逆に、
どう演出したって面白い話を書くのが、
脚本家の仕事というものだよ。
ということで、脚本家から見れば、
余計なことをするのが全部演出だ。
2016年05月21日
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