ビッグデータとディープラーニングを組み合わせた、
コグニティブビジネスをIBMが大々的にやるという。
ワトソンなる人工知能が、
会話が出来るかのように振る舞わせている。
実際この会話は、
ある言葉に対して確率の高い返答を、
ビッグデータから返しているだけである。
アマゾンの関連商品検索アルゴリズムと似たようなもの。
(ただ返すよりはもう少しましなアルゴリズムにしてるだろう)
アルファ碁も、基本的には同じだ。
盤面を入力、ビッグデータから確度の高い手を出力とし、
ニューラルネットで曖昧な入力にも対応しているだけである。
(顔認識や指紋認証と同じアルゴリズム)
ディープラーニングだと、多層構造なので場合わけ学習がしやすいのだ。
(あ、ちなみに僕、京大工学部人工知能論の院卒です)
対話における、
係り結びや文脈やどんでん返しや、
ストーリーラインの結合や皮肉が、
あるわけではない。
つまり、人工知能はまだ意味や本質を理解するわけではない。
なぜなら、意味や本質というものは、
「その表面上に現れていない、
水面下に存在する」からである。
ビッグデータを処理する限り、
表面上のものは拾えるが、水面下に存在するものは拾えない。
たとえば会社経営。
「基本給を下げ、成果主義とし、
社員同士を競争させる」
という原理は、一見正しいように見える。
だがこういう会社は5年ぐらいまでしか伸びず、
その後ダメになる。
マクドナルドがその典型である。
何故か。
「書類上の数字だけを改竄し、
自分の成績をいいように見せる」が横行するからである。
監査側が100%それを見抜けなければ、
改竄がデフォルトになってしまう。
正直者が馬鹿を見るからだ。
また、成果主義とは数字主義のことであり、
数字に現れない「いいこと」はひとつも拾われない。
未来を予想して合理的な行動をとり、
事故を未然にふせいだことや、
部下に任せるタイミングとケツ持ちの上手さや、
部下のモチベーションを保ちながらかつ個性を伸ばしていくことなどは、
評価されない。
事故はなるべく隠蔽されて数字上の上がり重視、
部下にやらせず自分でやったほうがはやい、
部下や派遣をすりつぶして上がりだけ頂く、
ほうが、数字上の評価は上がるからである。
表面上の数字だけを見ていると、
そこに合理性があるように思える。
ところが、人の集団は合理的な振る舞いをするとは限らない。
表面上の数字だけを見ていると、
本質が見えない。
たとえば、視聴率偏重のドラマは、
果たして面白くなったか?
ごり押しキャストばかりで、
キャストに責任を押し付けて、
首だけすげ替える。
ちっとも脚本(ストーリーそのもの)がよくならず、ダメになる一方じゃないか。
脚本の面白さを、数字で評価してみろや。
(ちなみに人工知能が書いたSFを読んだが、
基本がなっとらんぞ。落ちがない。
文章自体はビッグデータから持ってきてるから、
上手くて当たり前。構成やストーリーラインという、
見えない部分が全く出来ていなかった)
原作が賞を取ったかどうかだって?
賞審査やったことある?
権力闘争の場だぞあそこは。
公正な中身の審査なんて、誰もできねえんだ。
コグニティブビジネスだって?
またバカが引っ掛かって、
コグニティブマーケティングを必ずやるぜ。
○○の購入者は○○のクラスタに多く、
○○を他に買っていたり、
○○を検索していたりする確率が高いんだろ?
バカだなあ。
数字上のものを追いかけるバカと同じだ。
それは表面しか見ていない。
人工知能の反応的対話と同じだ。
何故それを買うのか、人間は自分のことを正確に言えない。
何故自分のいつもの習慣を脱して、
新たな習慣になろうとするか、
人間は自分のことを正確に言えない。
そこに表面上の特徴や確率的なことはあるだろうが、
それ以外の見えない何かを、必ず取りこぼすだろう。
マクドナルドの経営が、
合理的だと最初は思われたように。
デジタルは人を幸せにしない。
人以上に能力がある、というのに人を屈服させてしまう。
これまでは人より速い車とか、
肉体的能力だから、機械と折り合いやすかった。
今後は、バカか賢いか、
ということと折り合っていかなければならなくなるだろう。
(そして、バカほど、
バカと賢いの二軸しかないと認識する。
賢いには無限通りの回答があることが分からずに)
賢い人は、コグニティブマーケティングなんて信用しないが、
うちのバカな上役が、全面導入を決定したりするに違いない。
弊社の動画管理にGoogleドライブを導入したのも、
初号に誇りがないんだなあと悲しくなったものだよ。
初号をドラッグ&ドロップする安易さたるや。
デジタルは人を幸せにしない。
こうして、市場は縮小し、固定化していく。
数学的に言うと収束してしまう。
収束は、終息である。
脱出には外的揺籃が必要になる。
市場的には移民か大移動、我々創作的にはゲリラ活動だね。
2016年05月25日
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