テーマは「多様性を確保することは、知性である」
だろうか。
ただ単に「多様性はいい」と盲目的に言うのではなく、
「偏見による悲劇を救うのは、
私たちが知性で多様性を認めるしかないのだ」
といったところに落とし込んだのがうまい。
(以下ネタバレ)
人間は、野獣性を隠しながら生きている。
あるいは、ないものとして。
しかし感情やセックスや食べることや死は、
獣のものであり、
それを無視して生きることは出来ない。
自分にないからといって、
相手にあるとして偏見を持ってはならない。
このあたりのことが、
とても上手く、草食動物と肉食動物の溝に変換されていた。
キツネがかつて草食動物にいじめを受けていたエピソードが秀逸だ。
物語の根幹のテーマに絡み、
かつ二人の秘密の共有(恋のはじまり)にも使えるからである。
今の日本映画で、
ここまで上手く、人間社会の問題を、
別の社会問題に変換して、戯画化出来るだろうか?
実在の問題を実録ものとして、
リアルに描くことは出来ても、
(大抵は小説家のしたことを実写化するだけなんだけど)
このように、変換した別世界で、
こちんとテーマとして描くことが出来るだろうか?
恐らくは否だ。
出来る人がいないか、
いたとしても、オリジナルシナリオなら潰されるからである。
俺たちはオリジナルで勝負するんだ、
動物世界という架空世界を書くんだ、
それは理想世界であるべきなんだ、
リアルな社会問題と、同じ問題がここでも起こる。
(偏見の問題と、麻薬の問題)
それを解決するのは、「理想であろうとする力だ」
ということ。
だから主人公は、最初から、
「ベターワールド」と言っている。
より良い世界を作るためには、
より良い世界を望み、
行動するしかない、
という、人間と社会のあり方への讃歌である。
こんなテーマで、
今の日本映画は何かつくれんの?
「進撃の巨人」とか「ギャラクシー街道」とか作りやがって。
どうせ「シンゴジラ」も進撃並の脚本だろ?
素晴らしい脚本には、
しっかりしたテーマがある。
そのテーマの逆で、必ず悲劇が起こる。
カワウソの奥さん、キツネのいじめ、
キツネにひどいことを言ってしまったこと、
世界に恐れという偏見が蔓延してしまったこと。
素晴らしいスケールの大きな脚本は、
個人的な悲劇と、社会的悲劇が一致する。
個人的悲劇の解消が、社会的悲劇の解消であるように描く。
今の日本映画で、
社会と個人の関係を、
ここまでスケール大きく見据えたものがあるか?
非リア充のルサンチマンばかり書いてるだろ?
主題歌が素晴らしかった。
Try everythingだって。
あのガゼル姉さんの肉体的踊りが素晴らしい。
エンディングはずっと踊りたくなっていた。
アメリカの音楽は肉体的である。
セックスの前戯がダンスだというのも良くわかる。
テーマはストレートで、
それを技巧たっぷりに、原始的に歌い上げる。
今の日本に、一番ないものじゃないか!
今の日本映画は、
主題と関係ない売れ線アイドル曲がかかるんだぜ!
ちなみに踊りはEXILEかAKBかジャニーズだぜ!
絶望だぜこりゃ!
テーマの構造、
悲劇の配置、
特にミッドポイントの逆転、
主題歌の配置(開始15分とエンディング)が、
素晴らしい構成だった。
練り込んだものがあった。
2016年05月30日
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