2016年06月17日

1で起こし2で対比、3でそれらを昇華する

なんとなくの経験則。

1、2、3は、我々がブロックとして認識できる時間軸であれば、
なんでもいい。
シーン、シークエンスや、1話2話3話、
音楽だと、AメロBメロサビ、1番2番3番、序破急、
などなど。


ランダムなものを時間軸に並べても、
私たちはそれをストーリーと感じない。


たとえば「かわいい犬の写真」を、
机の上に並べることは楽しい。
これは空間的に並べている。

同等のものでしかも違うものを、
空間的に並べることは、
何故か我々は大好きだ。
AKBもそうだ。
コレクションという遺伝子が反応するのだろうかね。

全キャラ、全キャスト揃い踏みとか大好きだし、
ボスオンパレードとかも最高だよね。
○○大百科も大好きだし、技のデパートも大好きだ。
本棚やレンタルビデオの棚も興奮する。
タイの売春宿は、マジックミラーの向こうに番号をつけた女が、
100人くらい雛壇に並んでいて、係りの人に番号を言うシステムだ。
すげえストレート、と思ったよ。


これらは、概念的に、
空間的に並んでいる。

これをスプレッドという。
カードを広げるイメージ。
同じもので違うものを並べるといい。

さて、仮にこれを12345…とナンバリングする。

スプレッドされたものを、
時間軸に並べると同等に興奮するか?

しないのである。



広告の世界では、時々グラフィックチーム(ポスターや新聞広告など、
一枚絵の広告をする)が、時間軸の存在があるCMを作ることがある。
大抵それは、スプレッドであることが多い。
これは美しいが、とても退屈なCMになる。

スプレッドの退屈さを再現しよう。

1番、小嶋陽菜です。趣味は○○、愛称は△△。
2番、柏木由紀です。趣味は○○、愛称は△△。
3番、渡辺麻友です。趣味は○○、愛称は△△。
4番、島崎遥香です。趣味は○○、愛称は△△。
5番、指原莉乃です。趣味は○○、愛称は△△。

3、4番あたりから退屈したと思う。
もしこれが空間的に並べられていると興奮する。
上の文章を順に読むのではなく、
カタログとして視線を動かし、比較することが出来るからだ。
ぱるるの趣味とまゆゆの趣味は一緒だぞ、とか。(知らないので適当)
名前の漢字は被らないようにコントロールされてるなあ、とか。

実はスプレッドの面白さは、
このような「視線を動かして比較すること」にあるのである。

ところが、時間軸で進むものはそうはいかない。
常に現在しかなく、過去は消えてなくなる。
2を見てるときは、1はなく、記憶にしかない。
私たちは2を見るとき、
記憶の中の1と、今ある2を見る。
私たちは3を見るとき、
記憶の中の1と2をおぼろげに重ね、今ある3を見る。
それが時間軸を見るということだ。

だから、似たようなものが来ると、退屈するのである。

あなたがAKBに詳しければ退屈しないかも知れないから、
興味のない、たとえば弊社の役員の名前でも羅列すれば、
その退屈さは想像できるかも知れない。

スプレッドの面白さは、
共通点を探したり違うところを探す楽しみであるから、
全体に統一的なものを並べるのがコツだ。
「統一的な」に当たるものを、コンセプトという。
「かわいい犬」を並べてみた。
「AKBメンバー」を並べてみた。
「弊社役員」を並べてみた。

同じコンセプトで、空間的に並べると興奮する我々が、
時間的にそれを並べると、退屈するのである。
同じ刺激の連続は、退屈に繋がるのだ。
同じものより、時間軸では、違ったものが欲しいのだ。
甘いもののあとにはしょっぱいものや辛いものや酸っぱいものが欲しいのだ。
甘いもののあとに、微妙に違う甘いものはいらないのである。

これがグラフィックとムービーの最大の違いだと思う。



スプレッドは、頭のなかで考えてるときは楽しいのに、
いざ時間的に並べてみると、
自分の興奮が伝わらず、客観的には退屈するのはそのせいである。
だから僕はスプレッドを諌めている。


え、でも四天王とか、5対5とかよくあるじゃん?
それを書くコツが、表題である。

ようやく本題。

四天王を倒していく話や、5対5の話で、
何故退屈しないかを逆に考えてみよう。

最初の奴のキャラが立っていて、
次の奴のキャラも立っているからである。

つまり、キャラが被らず、双方立っていて、
同じ刺激の連続になっていないからである。

ジャンプの5対5システムは、リンかけが始祖らしい。
本宮ひろしの漫画にもあったような気がするが、まあそこはどうでもいい。
それらが退屈しないコツは、
キャラが被らず立っていることだと思う。
そして段々強く面白くなっていくことだと思う。


さて、さらに一般化する。
たとえば、
AメロBメロサビの関係、
123ブロックの関係、
と、3を基本に考えると、表題の経験則になる。

1で起こし、2で対比、3で昇華する。

どういうことかというと、
1でまず興味が起こらないものは、以下脱落。
何かを励起させること。

2は、それとキャラ被りをしないこと。
一番真逆は、1の対比だ。
毎回真逆に出来るとは限らないから、
対比的関係があればよい、ぐらいに緩めておく。

じゃあ3は2と対比すればいいかというと、
ダメなのだ。
同等の刺激は退屈になる。対比という刺激は繰り返せない。

そこで、3は、12を包含しつつ、
それ以上の全然違う何かを出さなければならない。
それを昇華、と呼んでみた。

Aメロで感情を起こし、
Bメロでその裏を詠み、
サビで爆発させる、ポップスの構造は、
この123の法則だと僕は考えている。

シーン、シークエンス、123話でも同じだと思う。

シーン1で興味が起こり、
シーン2はそれの続きだけど、
1とは対比的な何かがあると面白くなるし、
そのシーンの意味が理解できる。
それがシーン3で昇華し、爆発すると気持ちいい。


実はこれは僕のオリジナルではなく、
室町時代に世阿弥が言ったことを、
現代風に解釈し直しているだけだ。
すなわち序破急である。
あるいは、西洋の伝統、対立する二者のアウフヘーベンを、
時間的に並べたものと、同じことを現代風に言ってるだけかもだ。


1、2、3と連続するものでは、
意味的状況的、焦点を追う的な、ストーリー的な繋がりだけでなく、
起こし、対比し、昇華する、
時間的に要求される関係が必要だと、僕は考えている。

これはシリーズ映画でもそうだと思う。
バックトゥザフューチャーは、123の関係だが、
3の西部劇が1を越えられなかったため、微妙なシリーズである。
ロッキーも、123の関係だが、
3のミスターTより4のドラコのほうがキャラが立っているので、
3の影は薄いよね。
ライミ版スパイダーマンは12の関係は最高だけど、
3で盛り込み過ぎて大コケだ。

マトリックスは、1と2が対比的になっておらず、
3が薄すぎて迷走だった。
(それが不満で23のプロットを書いたのが、作品置き場に置いてあったり)



さて、では4以降は?
シーンは4以上あるし、
4話以上あるやつは。

12を1だと思った2をつくる。45がそうなる。45は12の関係。つまり6に爆発が来る。
123を1だと思った2をつくる。456がそうなる。456は123の関係。つまり7に爆発が来る。
という関係になっていく、
というのが僕の仮説である。

56あたりまで行けば、全体にグルーヴが生じるから、
あとは大きな三幕構造さえ出来てれば、
なんとかなるだろうと、今のところは考えている。


さて、本日夜から公開する、全面改訂版てんぐ探偵は、
123話の関係がそうなっていることに、改めて気づいた次第。
うまいことグルーヴが乗ることを、祈る。


今のところ僕が考えている、
123の理想的なグルーヴは、こういうことだと思うのだ。
違う説もあるかも知れないし、
別の生理的リズムを持つ作家は、
別の法則を持っているかも知れない。
(たとえば、荒木飛呂彦や藤田和郎は僕の生理的リズムといつも合わない。
そのノリを理解すれば、勿論面白くなってくる)
posted by おおおかとしひこ at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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