2016年07月10日

何故弱点があったほうが魅力的なのか

秘密の開示と関係があると考える。


無双主人公は詰まらない、とよく言われる。
弱点のあるほうが面白いと。

ウルトラマンの3分制限がよく例に出る。
制限があったり、アキレスの踵のような弱点があってもいい。

何故そのほうが面白いのか?


僕は、完璧な人間がいないからだと思う。

人間は完璧ではない。
長所ばかりの人はいなくて、
短所が沢山ある。

短所は弱みだ。
だから普通人に見せない。

つまり、人は外面上は、「私に短所はありません」
という顔をしている。
サービススタッフの営業スマイル、
ホテルマン、就職面接、客に見せる顔など、
外面は、みなそうである。

だから、本当の顔と、
お客様に見せる顔は違うのが人間だ。

だからこそ逆に、
「短所をあなたにならさらしてもいい」というのは、
仲間になったことと同じだ。


多くのラブストーリーではこれを利用する。
「秘密の開示」というイベント名で呼ばれることが多い。
私、ほんとうは完璧じゃないの、
子供の頃のあれや、最近の失敗や…
などを共有することで、
外面ではなく、一歩プライベートな関係を結ぶ、
心の繋がりを示す場面である。


「完全無双な主人公に弱点が」というのは、
これと同じなのだ。

敵には、弱点を知られていないはずだ。
弱点を知っているのは味方か、私たち観客だけである。
そこだ。
「主人公の秘密を知っていること」が特別な立場になる。
つまり、観客と主人公に、プライベートな繋がりが生まれるのである。

もし完全無欠な主人公がいたら、
それは、営業スマイルをする外面に過ぎないだろう。
無個性のスーツの人みたいな扱いにしかならない。

佐川急便のお兄さんが少し魅力的なのは、
筋肉というプライベートなものがチラ見えして、
スーツの営業スマイルではないからである。
偶然か狙ってやってるかは知らない。

しかし、あなたは狙ってやるべきである。


一見完璧、外面は無双。
だけど実は弱点や短所を沢山持っていて、
それは観客しか知らない。
つまりそれは、主人公と私たちが秘密を共有してるんだね。



僕はアニメ版デビルマンのエンディングが凄い好きで、
猛烈に強いヒーローですら内に孤独を抱えていて、
「もうこれで帰れない」と思っていて、
時々工事中のビルから街を見下ろして何かを考えている瞬間がある。
あの瞬間は、不動明の弱点だと思うんだよね。
とても優れたエンディングだと思う。
それでも「今日もどこかでデビルマン」と結ぶのが、最高だ。
(二番なんか「明日もどこかでデビルマン」だぜ!もっと最高だ)

人間を描く、なんて一言で言うけれど、
それにこういうのは含まれてない気がする。

あ、同様に「何でも出来ると人は言うけれど」で始まる、
魔女っ子メグちゃんのエンディングも大好きです。
エンディングってさ、本来こういうプライベートに踏み込むやつだったよね。
タイアップになって王道エンディングがなくなったよ。ぷんぷん。
だから風魔のエンディングはちゃんとやってやったぜ。
posted by おおおかとしひこ at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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