2016年07月24日

矛盾を起こさない方法

面白い矛盾の例をネットで拾ったので。

以下引用:

桐生翼、どこにでもいる普通の高校生だ。
彼はこの春、零冥高校という進学校に入学した。
彼は天才児なのだ。

:引用ここまで


ネタ狙いとしか思えない、華麗なる矛盾だ。


これがネタでなく、真面目にやって出たミスだとしよう。
あからさまにこんなことはないけれど、
もう少し複雑になると似たようなことはやってしまうことがある。

それを明らかにするために、
分かりやすい例を引用してみたのだ。


起こったことは恐らくこうだ。

1行目で設定した。
2行目をつくるに当たって、しばらく考えた。
思いついたので2、3を書いた。

大事なことは、1と2の間に、長考が入ったことである。

受け手は、123を同じリズムで読む。
ところが書き手は、
1


2
3
というリズムで書いてしまったということだ。

これを、書き手が忘れてしまったのだろう。
私のリズムと読み手のリズムが違うということを。


同じリズムで書くのなら、
いくらでも修正のしようはある。

先程ごく普通と書いたのは見た目のことであり、
実は天才児なのだ。それどころか勉強以外は、何一つ良くないのだ。

というフォローを4に入れられるし、
あるいは1.5行目に、

普通というのは見た目だけだった。

なんて入れるだけで次をスムーズに導出できる。
(リライトの段階で、1と1.5を1行にしてしまうだろうけど)


これは行単位だからよく分かるのだが、
シーン単位、ブロック単位、
あるいは長編の話単位、巻単位になると、
書き手の意識がそこまで届かなくなることが、
まれによくあるよね、
ということを言おうとしている。

だからこの例で議論したわけだ。



第一稿を色々直した結果、
読むリズムが一定であるのに、
色々な都合でリズムがバラバラになることも、
とてもよくある。
これがリライトが下手になってしまう理由のひとつだ。


観客は、あなたの峻巡や都合には興味がないし、
合わせてもくれない。
同じリズムで提供されるものに対して、
想像を巡らせていくだけである。

ところが送り手側の都合で、
同じリズムに差が出てしまう。
当然のはずの前提が、見えなくなってしまうのである。


映画の場合は、編集でリズムを組み直すことができるので、
文章ほど酷いことにはなりにくい。
このブログは大体一回とおし読みしてから直している。
改行入れてリズムを整えるのは、よくやる。


自分の都合を押し付けているかどうかは、
なかなか判断できないものだ。
忘れたころに「一気読みすること」という僕のリライトの経験則は、
受け手のリズムを経験する、
一種の客観的になる方法論のひとつである。


あるいは、
「何も見ずに、
最初から最後まで、誰かにその話を話す」
という方法論で、
強制的に初見の状態をつくりあげ、
観客のリズムで話をチェックすることができる。

こういうときに、おかしな矛盾は発見されやすい。

いずれにせよ、客観的になるには時間がかかるので、
リライトにはたっぷり時間をかけるべきだ。
posted by おおおかとしひこ at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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