2016年08月15日

13の誤解4: メアリースーの誤解

メアリースーの誤解: not 自分は愛されてる but 頑張る人が目立つ

メアリースーは、初心者の敵だ。
中ボスみたいなものだ。
しかしベテランでも危うく取り憑かれる、厄介な中ボスである。
それは、客観性のなさと関係する。


メアリースーとは元々、
二次創作にオリジナルキャラクターを出すときにありがちな問題だ。
(スタートレックだったか何かに出したメアリースーというキャラクターが語源らしい)

作中の人間関係を無視して、

・何故かそのキャラが何もしないのに全キャラに可愛がられ、
・その理由を説明するのに「最強の力」持ちだったりする
(人類を死滅させる力だけでなく、異能者であったり。
たとえばハーフエルフ、オッドアイ、有翼人、独眼、
失われし種族の末裔などなど)

が、とても多い、
という現象を揶揄して今は使われる。


日本でなく外国発祥で、
いつの間にか日本の創作業界にネット経由で流れて来たらしい。

僕は二次創作ではなく、
一次創作にもこういうキャラ(特に主人公)が潜みがちである、
という意味で、メアリースーの言葉を使い、非難することがある。

日本語で最も似ている言葉は、のび太症候群だと思う。


さて、メアリースーの問題点は何だろう。
「客観性の欠如」の一種である。

どういうことだろう。


人は誰もが、苦労したくない。楽したい。
そしてみんなに認められたい。
さらに、一番(オンリー1でもよい)でありたい。

だから主人公に自分を投影する。
そこで、何もしないのに皆に愛されるキャラが出来上がる。
さらに、何故か一番のキャラだ。
努力で得たものではなく、生まれつきの性質や天才性がある、
という設定が付属する。
自分が投影するにはとても都合のいいキャラクターを、
ついつい創造してしまうのである。

それ自体は、非難されることではあるまい。
創作の初期は、自分だけの楽しみの為にすることもたくさんある。
現実逃避に創作を選んでいれば尚更だし、
創作にはそういった箱庭療法の力もあるからだ。


ただし、それを他人に見せるべきではないということである。



ここで唐突に、「会社の先輩におっぱいパブに連れてってもらった話」をする。
六本木のおっぱいパブなのだが、
暗い大部屋で、おっぱいを揉んだり吸ったりする店だ。
僕は目の前のおっぱいよりも、
目の端で先輩が嬉しそうにおっぱいを吸っている顔が忘れられない。
人がおっぱいを嬉しがる様は、なんとみっともないのだろうと。

メアリースーは、それと同じである。



メアリースーは、一人称小説と相性がよい。
それは、世界は自分からの見た目だからである。
自分がおっぱいを吸っているのは、他人には見られないからだ。
一人称の世界で、存分におっぱいに浸れるのである。

つまりそれは、客観性と関係なしに、
オレツエーが出来るということと同等だ。

僕がラノベが嫌いなのは、他人のメアリースーを見るのが嫌だからで、
ラノベが好きな人は、自分のおっぱい願望を、
一人称小説の中に投影し満たしているからである。
(勿論全てのラノベがそうだとは言えない。
ダメなラノベのほう、と言ってもよい)

おっぱい願望とは、すなわち幼児的全能感である。


一人称小説に潜むメアリースーを、客観的に指摘、分離することは困難だ。
何故なら一人称だからであり、私を見る客観的な目が存在しないからである。
(一人称小説とは、密やかにおっぱい願望を合法的に満たすジャンルなのである、
という仮説も成り立つが、僕は小説に明るくないので分からない。
少なくとも一人称映像は、主観AVを生むわけだが)


さて。本題。

映画は三人称である。

登場人物がたくさんいて、彼らの中には入れない。
私たちが見るのは、客観的な彼らの姿や人間関係だけである。

映画は一人称ではない。
誰かがおっぱいを座れてニヤニヤしている様は見れるが、
自分がおっぱいを吸うわけではない。
そしてそれは、会社の先輩のように、とても気持ち悪い。


私たちは、人生が簡単に成功するほど甘くないことを、
リアル人生で死ぬほど知っている。
だから、主人公が無条件におっぱいを吸っていると、
「おかしい」と思うのである。
無条件で報酬を得られることが、変であると。

報酬には理由が必要だ。
そこでメアリースーは予防線を張っている。
最強設定という隠れ蓑で。

だとしてもだ。
「最強設定の人がなんの努力もせず、ただ皆に愛される」
のは、物語だろうか?

自分が愛されたい願望を、
他人が愛されてる様を見て癒せるか?
否だ。他人が愛されてるから自分が愛されないというのに。
(これは、女子が、ジャニーズと共演する女に嫉妬する原理だ)


三人称の物語は、他人が何かをするところを見るものである。
その人の主観視点はない。
他人を外から観察するだけだ。
内面は、言動から推察するしかない。
それが三人称である。
(三人称は、感情移入という作用によって、
最終的には一人称に錯覚するジャンルである。
しかし、開始当初は三人称である)


さて、ガラスの向こうに動物園があるとしよう。
猿山でよい。
この中で目立つ猿は?
一番動く猿だろう。
三人称における主人公とは、そのようなものだ。

たくさんいる中で、最も目立つ人が、主人公だ。

ということは、
「事件を解決する」という大筋においては、
初期に巻き込まれ、それを解決しようと思い立ち、
最も問題の本質に肉薄し、
事件解決のキーパーソンにならなければならない。

あくまで三人称で見て、である。
主観的にキーパーソンだとしても、それはカメラに写らない。
客観的なキーパーソンぶりが、三人称という見世物なのである。


メアリースーはまた、主人公を作者だと勘違いすることからもよく起こる。

主人公はあなたではない。

もしあなたがそんなとんでもない事件に巻き込まれたら、
キーパーソンになるのは無理だろう。
勇気も知恵も人脈もないし、自ら買って出るスキルもない。
だけど、あくまで主人公はガラスの向こうの猿山の猿だ。
あなたではない。
あなたは、ガラスの向こうの猿を、最も面白く動かす猿使いである。

赤の他人であり、全く思い入れもない猿が、
何もせずにメスザルに愛されているのを眺めても、
なんにも面白くない。
その見も知らぬ猿がピンチになったり、迷ったり、喧嘩したり、
襲われたり、反撃したり、死にそうになったり、
事件に巻き込まれたり、それを解決させたほうが、面白い話になる。


メアリースーはまた、ヒーローものを書くときに現れやすい。
ヒーローは最強設定で何でも出来るから、
ガラスの向こうの猿として動かしやすい。
ところが、ヒーローが活躍して皆に愛されても何も面白くない。
ジャニーズの共演者に嫉妬する女と同じだ。
キレイだから愛されて当然だ。
ヒーローが活躍して愛されるのも当然である。
当然のものはドラマではない。
「雨が降り、川が出来る」は自然の営みであり物語ではない。
雨が降り、逆に雨が天に帰った、などが物語だ。
物語とは、自然にあることではない、
ヘンテコなことを扱わなければならない。
たとえば「ヒーローなのに愛されない」が物語である。
(70年代の石森章太郎原作の特撮ヒーローものを祖とするヒーローものでは、
差別されるヒーローが良く描かれたものだ)

メアリースーは、自分の願望の投影をしてしまうことから起こる。
彼(彼女)は、あなたではない。
赤の他人だ。
他人から見たあなたも、赤の他人だ。
赤の他人が何もしなくて、ただ愛されてるのを見て、面白いわけがない。
人間は残酷である。面白く見守るのは他人の不幸のはずだ。

物語において、主人公は(ハッピーエンドならば)幸せになる。
しかし注意したいのは、
幸せになり、安心していいのは、最後の一行だけという点だ。
のこり239行(120分の場合)は、
主人公は真に幸せになれない。それがハッピーエンドの構造である。
ラストに報酬を得るのは、主人公のこれまでの働きによるものだから、当然だ。
メアリースーは、働きもないのにおっぱいだけ吸っているからみっともないのである。



さて、メアリースーの宿る物語にはいくつかの類型があり、
これまで僕はみっつほどテンプレを書いている。
軽く紹介しよう。(詳しくは各記事参照)

1. 「落下する夕方」テンプレ

同名の映画から。
「主人公は引っ込み思案で何も出来ない。
何故か積極的で派手な人が、主人公の手を引き、
スリリングな冒険の旅へ連れていく。
話を動かすのはその人で、主人公はついていくだけ。
ラストその人が去り、日常が戻ってくるが、
主人公はこれまでの冒険から影響を受け、
実人生で一歩を踏み出して終わる」

これは一人称的に見れば、のび太症候群そのものだ。
しかし三人称で見ると、主人公は手を引かれて傍観者でありつづけ、
ニヤニヤしているだけである。
ラストシーン以外何もしない。

他に、「へびいちご」、
「桐島、部活やめるってよ」の野球部のプロット
(桐島は群像劇であり、実質の主人公は映画部だけど、
ラストシーンは映画部に影響を受けた野球部で終わる。
もし野球部が主人公だとすれば、落下する夕方と同じ構造だ)
などに見ることが出来る。

漫画「はじめの一歩」の冒頭はまさにこのパターン
(鷹村がボクシングに誘ってくれる)だが、
一歩がボクシングを始めてからが本編なので、
メアリースーっぽさはどこかへ行ってしまう。
似たようなオープニングに「マトリックス」がある。
主人公ネオはメアリースーか?
否、救世主の自覚をしてから、自ら苦労を買って出て、
その責任を果たそうとするので、三人称的には主人公である。

「落下する夕方」テンプレにおいて、
ある世界へ誘う人が出てくるが、
その人をヘラルド(使者)という。
落下する夕方では菅野美穂、
桐島では映画部、
はじめの一歩では鷹村、マトリックスではモーフィアス。

ヘラルドが来て物語がはじまるのはよくあるオープニングだが、
その後主人公が、自ら動くのが全体の大半になるか、
全体の大半主人公は何もせずに傍観者で楽をしてるかが、
両者の差だといえよう。


2. 「女子高生と海へいく」テンプレ

「主人公は冴えない中年。
ひょんなことからヘンテコな女子高生と知り合う。
彼女は海が見たいと言い、主人公は車を出す。
かくして、ヘンテコな二人の、海までの珍道中がはじまった」

自主映画に沢山あるパターンだ。
女子高生が話を転がし、主人公は反応するだけ、
運転するだけの役になることが多い。

これは主人公を自分に重ねることから起こる失敗だ。
女子高生は大抵無敵なキャラづけがされていて、
こんな子に人生を切り開いてほしいという、
無意識の甘えがこのタイプのストーリーをつくる。
ドライブの全権を握っているところが、最強設定の名残である。

「ファイアパンチ」のトガタが、丁度この女子高生の役をやっている。
今のところ主人公アグニは、
無力だが最強な中年おじさんと同じである。
(17話現在)

このタイプのラストは大抵破滅だ。
女子高生は死に、中年おじさんは自分の人生の一歩を踏み出す勇気をもって終わることが多い。
落下する夕方テンプレと、殆ど同じになる。
だって本音は「楽して皆に誉められて最強になりたい」だからだ。

逆にロードムービーの傑作「ミッドナイトラン」は、
このテンプレに収まらない。
主人公はお膳立てを整えられて傍観者でニヤニヤしていないからだ。
泥を被り、人間臭く動き、弱点にも向き合い、
自ら事態を動かし、責任を取るからである。


3. 「窓辺系」テンプレ

これは僕が名付けたのではなく、
脚本を教えている三宅隆太氏がつけたものだ。

「主人公は女。
都会での仕事に疲れ、田舎へいったん帰る。
そこで過去の出来事に触れたり、
父親に認められたりして、
窓辺でものを思い、都会へ帰る意思を固めて終わる」

というもの。
女視点だけど、父親はおっぱいの役割を果たしている。
いわゆるビッグマザーの役だ。
女性視点だとおっぱいに甘えるわけにはいかないから、
父親がその代わりになる。
父親でなくとも、元彼や初恋の人、幼なじみなどが、
「お前は本来こういうやつだろ、がんばれよ」と何故か励ましてくれる話になる。

これも自主映画に沢山あるけど、
漫画「働きマン」の最終回がまさにこのテンプレにはまっている。
安野モヨコ、疲れてたのかね。

女は「私は愛されたい願望」があるので、
その願望をうまく叶えるとヒットしやすい。
のび太症候群なのは男だけではない。
特に女は泥を被りたがらないしね。
「かもめ食堂」のプールで何故か拍手される場面が、
僕はとても気持ち悪くて嫌いである。
認められたい願望を実現させて感動とかいってんじゃねえよ。
僕はたいしたこともせず認められたい女より、
闘い、傷つきながらも前に進む女が好きだなあ。




妖怪メアリースーは簡単に取り憑く。
それはあなたの承認欲求が無意識に出るからである。

あなたはおっぱいを吸う先輩か、
それとも猿に面白いことをさせる猿使いか?
(アクションをさせることだけが猿使いではない。
その猿が悩んだり、傷ついたり、立ち直ったりする芝居、
内面に深く入る繊細な芝居をさせるのも、あなたの仕事だ)

三人称である映画というものを、
一人称と混同しないようにしよう。
自分と他人を混同しないようにしよう。

主人公を自分にしないこと、自分を投影しないことで、
このことはある程度回避できる。
posted by おおおかとしひこ at 14:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
主人公に愛着を持つと肩入れしそうになるので、気をつけねばと思いました。
また、荒木飛呂彦先生が「まず主人公を困難に放り込む所から話を考える」と書いていて、なるほどと思ったのですが、
その本質的な理由が分かった気がします。
体系的な解説は非常に助かります!!
Posted by 新人T at 2016年08月15日 15:52
新人T様コメントありがとうございます。

メアリースーとはちょっと違いますが、
「バキ」のオウガは、作者が気に入りすぎてへんてこなことになりましたね。エア味噌汁。
ピクルに食い殺される展開だってあり得たのにねえ。

身が入ると、びびったり守りに入ってしまうのでしょうね。
その心理を外から冷静に観察できるかどうかだと思います。
Posted by おおおかとしひこ at 2016年08月16日 12:35
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック