2016年09月03日

ドラマとは熱気である

もし考えすぎたりして、
ドラマが何だか分からなくなってしまったときは、
シンプルな原則に戻るのもいいことだ。

どんな熱気を、あなたは書こうとしているのか?


まず主人公の中の熱気を整理しよう。
そもそもそれがなければ、
それはたいして面白い話にならないと思う。
冷めたクールな話は短編なら面白いけれど、
長編をつき合うのは、熱情と関係があると思う。

主人公の熱意、熱気、熱情はどこから来るのか。
それはどういった種類のもので、
クライマックスに最高に燃え上がるはずである。

それが並のものなら、それは並の話だと思う。


まずそれを書き出して整理してみよう。

他に熱気のある人はいるか。
その人と主人公の熱気はどう絡み合うのか。
その軌跡こそがドラマの骨格になるだろう。

主人公が最後に勝利するのだとすれば、
その瞬間の熱気が優ったこともあるし、
それまですべてにおいての熱気が優ったこともあるだろう。
冷めたままの物語では、
頭脳的には面白いけれど、私たちの感情はたぶんフラットなままだろう。
それはきっと、ふーんってな話にしかならないと思う。


さて、その熱気をそもそも確かなものにするのが難しいのだけれど、
それに、どう皆を巻き込むのかを、考えなければならない。
その熱気と、観客の温度を同じにしなければ、
それは滑っているからである。

たとえばバラエティーで観客の温度を暖めるために、
前説なるものがあるのは、聞いたことがあるだろう。
ADとか若手芸人がやるもので、
コネタで笑わせながら、拍手の練習をしたり、
どっと笑う練習をさせたりして、
リアクションを取ることは恥ずかしくない程度の温度に、
観客を暖めるのである。

観客はなぜ進んで暖まるのだろう。
暖まるのを嫌がらないのか、考えたことがあるだろうか。

僕は、このあとに期待しているからだと思う。
この先に本番があると知っているから、
そこに期待してそもそも集まってきてるから、
つまりは最終的に自分の温度をあげたいから、
温度を暖めることにウェルカムなのだと思う。

このことを、自分の作品でもやっているだろうか。

オープニングからインサイトインシデントあたりの、
ファーストロール(開始15分ぐらい)は、
その中心温度に観客をウェルカムにしなければならない。
(当然だけど、予告編にもその役割があると思う。
最近の予告編はそれが下手だと思う)

ぶっ飛んだところからはじめて観客に伝染させていくのか、
平熱からはじめて徐々にあげていくのかは、
作者や話のスタイルによって変わるだろう。
前説は重要だ。
最初に滑ったら、あとが全部滑る。
バラエティーの前説は、本番の期待があるから成立している。
あなたは、その期待を作るところから始めなければならない。


ドラマとは熱気である。
ストーリーテラーは、
そのうまくできた熱気に、
観客をうまく連れていかなければならない。

(わりとよくあるのは、その世界を知らない人を登場させ、
その人が知っていくことと観客をシンクロさせていくこと。
それ以外にも方法はあると思うけど)
posted by おおおかとしひこ at 15:48| Comment(0) | TrackBack(1) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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