と僕は思う。
同価格のものと、同等の価値を有するか?
倍の価格は、倍の価値があるか?
たとえば映画の脚本料は100万円としよう。
これは車と同等の価値があるか?
三ヶ月拘束されたので、
その人件費として妥当か?
会社員ならいざ知らず、
フリーランス前提の脚本家のギャラは、
会社員より高めに設定するべきだ。
ところが、今や社員を働かせるほうが高いレベルで、
組織に属してない人間を安く叩く業界になりつつある。
200万円の脚本は、100万円の脚本2本分の価値か?
たとえばジェームス三木の「澪つくし」の脚本料は、
1話300万円だったと聞く。
100万円の脚本の、映画三本分面白くて価値があるか?
つまり、クリエーティブな価値というのは、
元々四則演算不可能なものである、
ということが言いたい。
100万円の脚本を10本書いても、
興業成績はバラバラだろう。
映画の出来もバラバラだろう。
それを1000万の脚本に換えても、
興業成績は10倍にならないし、
10倍面白くならないだろう。
ストーリーは換金できない。
それを前提にする。
だから、グッズや周辺で儲けるわけだ。
キャラクターグッズだけでなく、
ブロマイドやパンフだってグッズだ。
ポップコーンが高いのは、周辺で儲ける仕組みだ。
DVD販売やレンタル、テレビ放映だって周辺で儲ける仕組みだ。
すると。
グッズの売りやすいもの、DVDの売りやすいものを、
作ることになってしまう。
本末転倒である。
スターウォーズは2以降はそうなった。
戦隊ものはオモチャのプロモーションビデオだ。
イケメンのオフショットをメイキングと称しておまけにつける。
つまりはAKB商法である。
いい曲を買うのが、本来だった。
ジャケット違いのコンプリートも酷いと思ったけど、
もはやあのCDは有料握手券。
CD-Rなら書き込めるメディアとして使えたのに、
なんて感想もあるぐらいである。
いい曲に対価を払う、
それが出来ない為に、付加価値どころか別の価値をつける。
そうすればするほど、
中身の空洞化が起こる。
今の邦画も同じくだ。
人気芸能人で話題になる。
テレビ局に宣伝をしてもらう。
人気原作を担保に制作費を集める。
そのどこのプロセスで、
中身を面白くすることに血道をあげるというのだろう。
ストーリーは換金できない。
商売の出来る御輿としての脚本しかない。
御輿からは、神が消えて行く。
勿論、面白いストーリーをつくりあげ、
それが商売になるのかね、と反対する上司をねじ伏せて、
見事に受けて、興業収入や周辺で回収する、
本来の意味でのプロデューサーも、
どこかにいるのかも知れない。
「稼ぐ子が優秀とは限らない」と、構えているプロデューサーも、
どこかにいるのかも知れない。
僕の周囲にいなくて、たまたま出会っていないだけなのだろう。
ストーリーは換金できないが、
これは周辺で儲けることができる、
と考えるのが今の業界だ。
ストーリーは換金できないが、
これは必ず皆が見ると夢中になるはずだ、
だから上手く回転するようにしよう、
と業界が考えるようになってほしい。
けれど、それにはストーリーを読む実力がいる。
人は低きに流れるし、水は高いところにのぼらないので、
巨視的には期待できない。
部分的にはそうなるところもあるだろうから、
そういう場を、つくるしかないというのが最近の結論だ。
脚本をめぐる現況は、
牧歌的じゃないのはたしかだ。
2016年09月09日
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