2016年09月09日

ストーリーは換金できない

と僕は思う。


同価格のものと、同等の価値を有するか?
倍の価格は、倍の価値があるか?


たとえば映画の脚本料は100万円としよう。

これは車と同等の価値があるか?
三ヶ月拘束されたので、
その人件費として妥当か?
会社員ならいざ知らず、
フリーランス前提の脚本家のギャラは、
会社員より高めに設定するべきだ。
ところが、今や社員を働かせるほうが高いレベルで、
組織に属してない人間を安く叩く業界になりつつある。

200万円の脚本は、100万円の脚本2本分の価値か?
たとえばジェームス三木の「澪つくし」の脚本料は、
1話300万円だったと聞く。
100万円の脚本の、映画三本分面白くて価値があるか?


つまり、クリエーティブな価値というのは、
元々四則演算不可能なものである、
ということが言いたい。

100万円の脚本を10本書いても、
興業成績はバラバラだろう。
映画の出来もバラバラだろう。
それを1000万の脚本に換えても、
興業成績は10倍にならないし、
10倍面白くならないだろう。


ストーリーは換金できない。
それを前提にする。

だから、グッズや周辺で儲けるわけだ。
キャラクターグッズだけでなく、
ブロマイドやパンフだってグッズだ。
ポップコーンが高いのは、周辺で儲ける仕組みだ。
DVD販売やレンタル、テレビ放映だって周辺で儲ける仕組みだ。

すると。

グッズの売りやすいもの、DVDの売りやすいものを、
作ることになってしまう。
本末転倒である。

スターウォーズは2以降はそうなった。
戦隊ものはオモチャのプロモーションビデオだ。
イケメンのオフショットをメイキングと称しておまけにつける。
つまりはAKB商法である。

いい曲を買うのが、本来だった。
ジャケット違いのコンプリートも酷いと思ったけど、
もはやあのCDは有料握手券。
CD-Rなら書き込めるメディアとして使えたのに、
なんて感想もあるぐらいである。
いい曲に対価を払う、
それが出来ない為に、付加価値どころか別の価値をつける。
そうすればするほど、
中身の空洞化が起こる。

今の邦画も同じくだ。
人気芸能人で話題になる。
テレビ局に宣伝をしてもらう。
人気原作を担保に制作費を集める。
そのどこのプロセスで、
中身を面白くすることに血道をあげるというのだろう。


ストーリーは換金できない。
商売の出来る御輿としての脚本しかない。
御輿からは、神が消えて行く。


勿論、面白いストーリーをつくりあげ、
それが商売になるのかね、と反対する上司をねじ伏せて、
見事に受けて、興業収入や周辺で回収する、
本来の意味でのプロデューサーも、
どこかにいるのかも知れない。
「稼ぐ子が優秀とは限らない」と、構えているプロデューサーも、
どこかにいるのかも知れない。
僕の周囲にいなくて、たまたま出会っていないだけなのだろう。


ストーリーは換金できないが、
これは周辺で儲けることができる、
と考えるのが今の業界だ。
ストーリーは換金できないが、
これは必ず皆が見ると夢中になるはずだ、
だから上手く回転するようにしよう、
と業界が考えるようになってほしい。

けれど、それにはストーリーを読む実力がいる。
人は低きに流れるし、水は高いところにのぼらないので、
巨視的には期待できない。

部分的にはそうなるところもあるだろうから、
そういう場を、つくるしかないというのが最近の結論だ。
脚本をめぐる現況は、
牧歌的じゃないのはたしかだ。
posted by おおおかとしひこ at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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