2016年09月17日

映画のキャッチコピーはどうあるべきか

○○出演、すごく売れた原作の実写化、
スタッフや音楽は○○、
○○賞受賞、第○位、
は、キャッチコピーではない。

売り文句だ。

逆に、それらを一切使わず、
キャッチコピーは書かれるべきだと僕は思う。


宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない。(エイリアン)
母さん、あの麦わら帽子、一体どこにいったんでしょうね。(人間の証明)
落ち込んだりもしたけれど、わたしはげんきです。(魔女の宅急便)
忘れものを届けにきました。(となりのトトロ)

とりあえず好きなやつを並べてみた。


最近こういうの見なくなったね。
それだけ、宣伝部のコピーライティング能力が落ちているのだと思う。
キャッチコピーは文化力に比例すると僕は思う。
文化というのは高尚なことでもなんでもない。
平民が理解でき、楽しめることがマスの文化だ。


キャッチコピーは、
ストーリーの内容を上手く表現するべきだと思う。

それはあらすじではダメで、全く別のアプローチが必要だ。

たとえばセットアップの面白さを伝える。
たとえば二幕のおたのしみポイントを、全く知らない人に伝える。(エイリアン)
たとえば、全体のテーマのようなものを、別のストーリーで伝える。(人間の証明、魔女の宅急便、トトロ)

僕はどれもあると思う。


僕の書いたキャッチコピーをあげると、

アイツの周りにゃ、希望という名の風が吹く。(ドラマ風魔の小次郎)
わたしね、あなたが大人になる日を見にきたの。(いけちゃんとぼく)
ありがとう。あいしてる。(いけちゃんとぼく)
その角を曲がったら、いけちゃんは見えなくなっていた。(いけちゃんとぼく)
闇にかざすのは、炎だ。(てんぐ探偵)
斬れ!心の闇を。(てんぐ探偵)

みたいな。
最後だけ二幕のおたのしみポイントで、
あとは三番目の方法論が僕は好きなようだ。

だから理想の予告編は、
一幕の面白げなセットアップからはじまり、
二幕のおたのしみポイントをうまくチョイスし、
三幕のクライマックスやテーマを暗示させながら、
三番目の方法論のキャッチコピーで締めるのが良いと思う。

そうすることで、物語の空気は伝わると思う。
売り文句は、横に並べとけばいいさ。


こういう風に作れないのは、才能がないからだと感じる。
その物語の本質をとらえる才能、
ネタバレすることなくその本質を短くて魅力的な文章にまとめる才能がだ。

売り文句はいわばスペックだ。
キャッチコピーや予告編は、中身だと思う。



ついでに、理想のワンビジュアルは?

僕は出演者が勢揃いしてこちらを見ているポスターは、
最低だと思っている。
コスプレ一覧にすぎず、スペック一覧にすぎない。
ストーリーの内容、物語性、テーマを暗示するべきだと思う。
それは時代のイコンになるのが、さらによい。

イコン+本質を示すキャッチコピーが、
理想のワンビジュアルであると僕は考えている。



異論は認める。
何故なら、スペックでしか見ない観客もいるからだ。
逆にいうと、バカな観客には、僕なりの理想論は使えない。
しかし、賢い観客には、スペックは通用しない。

で、今の宣伝部は、
バカな人がバカ向けに宣伝しているか、
賢い人がバカ向けに宣伝しているかの、二択しかない。
だから映画文化なるものが、どんどんなくなっていっている気がする。
posted by おおおかとしひこ at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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