2016年10月10日

物語のパターンは、消費される

ネットで見つけて、うっかりちょっと泣いてしまったのだが、
よくよく考えると、消費しつくした完成形だと言える。

大分県PR動画「ゆけ、シンフロ部!」
https://www.youtube.com/watch?v=yYuirnlyWIY

まず広告の形式として、
香川県が「うどん県」だと勝手に名乗っているように、
大分県が「おんせん県」だと自称するPR形式が消費(ぱくりというほどでもない)だ。
これは第二弾で、第一弾は各温泉でシンクロナイズドスイミングをするネタ動画だった。
今度は「部活もの」を作ってきたわけだ。



そもそもこれは、
90年代からある邦画の鉄板、
「女子部活もの」のパターンを使いまくっている。
「がんばっていきまっしょい」あたりが鏑矢かな。
田中麗奈の「いきまっしょい!」は可愛かった。
地方+部活+女子のパターンは沢山量産された。
「スイングガールズ」「リンダリンダリンダ」などなど。
「フラガール」は強く意識されているだろう。
最近だと「くちびるに歌を」あたりもか。

本来、二時間で描くべき地方女子部活もののエッセンスを、
わずか4分半にしてしまう。

それは、パターンの消費だと僕は思う。
ついでに、映画で町おこしだったはずなのに、
それよりは安い予算でやってしまった。
だから、リターンの規模も結局小さいと思う。
リスクも小さいけど。

もうこれ以上、このパターンを物語で使うことは難しいかも知れないね。
それぐらい、ジャンルを終わらせるだけの完成度だった。

たとえば、
「娘の結婚式前夜か当日の、父」というパターンは、
小津が使い倒し、
その後「泣けるCM」のパターンでも使い尽くした。

こうやってジャンルは消費され、
そのあとにぺんぺん草も生えないわけだ。

ラノベでは、
VRMMOが消費しつくされ、異世界にとって代わられたのだそうな。
そういう感じ。


最初は新鮮でも、似たようなものばかり繰り返すと飽きてくる。
それが人間の性だ。
「似たような、違うものをくれ」と大衆は要求する、
とブレイクシュナイダーも書いている。
なかなかに難しい。
posted by おおおかとしひこ at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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