2016年10月27日

デジタルは人を幸せにしない: フィルムは復権するか

デジタル撮影の映画は、やっぱり好きになれない。
現場が楽になったという話も聞かない。
結局手間が増えていると感じる。
編集は楽になったね。
撮影がデジタルになったことで、
得たものはコストダウンだ。
失ったものは、心とか魂とか、特別なものを作っている、感じだ。

さて、今、写真にフィルムが復権しつつあるらしい。


ネット時代に、誰でもスマホでシェア出来るようになったから、
かえって写真とは何かを、
みんな考え始めたのかもしれない。

真っ暗なファインダーの中で考えること、
暗室で向き合うこと、
仕上がりを予想して事前に動くこと、
出来上がってみるまで分からないこと、
予想以上のものが出来ることもあること、
フィルム時代は当たり前だったこれらの「つくること」
が見直されてきている流れだと僕はとらえている。

それが、連続写真、映画にも波及して欲しい。
デジタル撮影になって、
現場は特別なものを作っている場ではなく、
とりあえず収録するものになってしまった。
ギリギリ考え抜いたものをすることではなく、
とりあえずやってみて、たとえば二個やってみて、
後で繋いでやってみる場になった。
それが現場をつまらなくし、仕上がりをつまらなくしていると僕は感じている。

フィルム撮影は特別な場だ。
映画も特別なものであってほしい。
デジタル撮影はとりあえずの場だ。
だからデジタル映画は、とりあえずのものになってしまっている、
そういう気がする。

今日本でフィルム撮影するのは、木村大八ぐらいしかいないんじゃね?
なんて勿体無い。

いけちゃんのときは、プロデューサーに一億減らさなきゃいけないから、
フィルム撮影やめてデジタル撮影にしてくれと懇願された。
撮影一ヶ月前に予算が一億なくなる間抜けさが、
デジタル撮影の日常感だと僕は思う。

つまり、フィルム撮影なる崇高なものを扱える、
きちんとした制作興行システムが支えないと、
フィルム映画は作れないのかも知れないね。


アナログ時代はきちんとすることが当たり前だった。
デジタル時代はきちんとしなくても進行してしまう。
特別なものが出来るのは、どっちだろう。

いや、まさか、人々は特別なものを求めていないのかも知れないが。
posted by おおおかとしひこ at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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